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Tony Takitani 
       by Haruki Murakami

        

                by Haruki Murakami
                Random Hous

Feb. 2015 〜 Apr. 2015

あらすじ


トニー滝谷は本名で、両親ともれっきとした日本人だった。父親である滝谷省三郎は、若い頃少しは名の知れたジャズのトロンボーン奏者で、女性問題をこじらせたことが原因で、太平洋戦争の始まる前に上海に渡り、戦時中も上海のナイトクラブで甘い音色を奏でていた。おまけによく女性にもてた彼は"Shanghai sensation"(上海の名物的存在)となった。
滝谷省三郎は人気のある演奏者として、上海で終戦を迎えたが、戦後、胡散臭い連中との交友が祟って投獄され、いつ銃殺されるかもしれない状況におかれる。これまでやりたいように生きてきたので心残りはない、と口笛を吹きながら関係してきた女性を思い浮かべながら獄中生活を過ごす。
昭和21年終戦の春、辛うじて日本に生還した省三郎は、前年の東京大空襲で両親も住むところも無くしていた。30歳になっていた彼は小さなジャズバンドを結成し、米軍基地巡りを始め、持前の人当たりの良さを生かし、米軍将校のイタリア系アメリカ人と仲良くなる。
翌年、省三郎は偶然出会った遠縁の娘と結婚し、次の年の男の子を授かるが、その3日後に妻が亡くなる。傷心の彼を友人の将校は親身になって慰めてくれ、よければ男の子の名付け親になってやろうと申し出、トニーという名を授けた。

トニー滝谷は売れっ子のイラストレーターとして仕事にまい進するうちにいつの間にかひと財産作っていた。父親とはせいぜい2,3年に一度、何か用事のある時にしか会わなかった。それ以外でも人と深く交わることをせず、静かで穏やかな独り暮らしを送っていた。
そんなトニーがある日突然、恋に落ちた。相手は原稿をとりに来た出版社の若い女性で、トニーの一目惚れだった。彼女が自然にとても優美に服の着こなしていることにも魅了された。
彼は5度目のデートで彼女にプロポーズをした。返事を待つまでの間、孤独が突然重圧となり彼を苦しめた。彼への好意が愛かどうかはわからなかったが、彼の内面には何かとても素晴らしいものがあることを感じ、彼女はプロポーズを受けた。

トニー滝谷の妻は有能な主婦であり、夫婦仲もよかったが、ひとつだけ夫が気になることがあった。それはあまりにも多くの服を買いすぎることで、収納のために部屋をひとつ衣裳部屋に改造しても収まらない勢いだった。ついに見過ごせなくなったトニーは、少し買うのを控えてはどうかと提案する。妻は美しい服を目の前にすると自制心を失ってしまうことを認め、なんとか治してみると言った。
1週間ばかり家にこもった後、妻は行きつけのブティックに買ったばかりの服を返品に行った。帰りの車の中、手放したばかりの服の面影が頭から離れない。気持ちを落ち着かせようと深呼吸をし、信号待ちの交差点で目を閉じる。目を開けると信号が青に変わるのが見え、無意識にアクセルを踏み込んだ。

妻が交通事故で亡くなった後、トニー滝谷は衣装室にこもり、妻の残した洋服を朝から晩までずっと眺めていた。十日後、彼はアシスタントの女性を募集し、応募してきた中からもっとも妻の体型に近い女性を選んで、仕事中は妻の服を制服代りに来てほしいと頼んだ。女性は奇妙な話だとは思ったが、彼が悪い人には見えないし、何より仕事が必要なのでその条件を承諾し、試着のため衣装室に行った。何百という美しい服を眺め、触れているうちに、女性の目から涙が止めどなく流れてきた。

彼女が帰った後、トニーは主を失った服を眺めながら全てが終わってしまったことを悟り、女性に電話をかけて、仕事の話はなかったことにしてほしいと言った。
服はすべてリサイクルショップに引き取ってもらった。時が経つにつれ、妻の面影がおぼろげになっていっても、不思議なことに、アシスタントの女性が妻の服を見て静かに泣いていた姿は脳裏に焼き付いていた。

妻の死の2年後に父省三郎が亡くなり、膨大なレコードコレクションが残された。1年経つと、それらの持つ記憶の重さで息苦しくなり、夜中に目が覚めると二度と眠れなかった。彼は中古レコード屋を呼んで、すべてのコレクションを売り払った。家からレコードの山が消えると、彼は本当に独りになった。


コメント

本作「トニー滝谷」の初出は1990年、村上春樹のデビュー11年目の短編です。翻訳はおなじみのハーバード大学教授のジェイ・ルービン。2005年には映画にもなりました。「トニー滝谷の本当の名前は、本当にトニー滝谷だった」という奇をてらったような書き出しですが、その後に展開する巧みなストーリーテリングに思わず引き込まれます。戦前戦後の父省三郎の大陸を股にかけた破天荒な生き方と、対照的な息子トニーの静謐で自己完結的な生き方は、日本の文壇とは一線を画し、国境や純文学というジャンルを越えて活躍する面と、自らをアダルトチルドレンであると言い、運動と執筆にいそしむストイックな面を併せ持つ村上氏自身の多面性を図らずも想起させました。

 (☆)

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