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      HELL-HEAVEN 
      
     
  
                  by Jhumpa Lahiri

Vintage Books
Jan. 〜 Feb., 2014
あらすじ

  故郷インドを離れアメリカに暮らすベンガル人の一家。(7歳)の私と母(28歳)と父(37歳)。おなじベンガル出身の留学生プラナーブ(25歳)に町で声をかけられたのがきっかけで彼の面倒を見ることになった。彼はアメリカでの生活に失望し荷物をまとめてインドに帰る決心をしていたところだったという。両親はいつでも来て夕飯を食べるようにと彼を温かく迎えた。

私は彼をプラナーブ叔父さんと呼ぶように言われ、彼も両親を義兄さん義姉さんと呼び、すぐに家族の一員のようになり、父を尊敬し母を頼りにした。母は同じコルカタ出身のプラナーブ叔父さんと年も近く話が合って親しみが一層増していった。

やがて、私と母はプラナーブ叔父さんが買った車で日曜ごとにドライブを楽しんだ。いつも私が一緒であったが、母はプラナーブ叔父さんを好きだったのだと今の私にはわかる。ベンガルの料理を作り彼のためにさりげない気配りをかかさない。やがて彼が来るのを待つ喜びを感じるようになっていた。見合い結婚の父との生活では感じることのなかった幸せを味わった。



ところが、プラナーブ叔父さんにアメリカ人の恋人が現れてそれ以来母の気持ちは揺れる。プラナーブ叔父さんがすっかり変わってしまったとあからさまに言い、恋人のデボラの訪問を喜ばなくなっていく。それに引き替え私はデボラと親しくなり身近に感じることでアメリカの暮らしになじんでいった。

プラナーブ叔父さんのインドの両親は何とかアメリカ人との結婚を断念してくれるよう両親に説得を頼むが、叔父さんの気持ちは変わらなかった。そのうち逃げられるに決まっていると母は言っていたが二人は結婚、次第に私たちから遠のいた。しばらくはベンガル人たちの集まりで、「プラナーブ叔父さんは被害者、アメリカ人のデボラは悪役、彼は元の自分を忘れて女房の言いなりになった。民族の違う結婚はうまくいかない」といういい見本にされた。

中学生になっても母は私にダンスパーティに行かせなかった。プラナーブ叔父さんのようにアメリカ人と結婚なんて絶対に許さないと声をあらげた。私は次第に母に隠し事をするようになり、男友達とデートを重ねる。



アメリカの生活になじまず、自分の殻に閉じこもる母、昼間はテレビを見て時間をつぶし、することは掃除と炊事だけという母を私はあわれに思うようにもなっていた。

父は決まりきった生活のペースを守り、外食もしたがらない。寂しさを訴える母に、「それならコルカタに帰ったらどうだ」と言い出す。私も小言を言われるばかりで何一つ自分を理解してくれないと母に言い返した。いつまでもインドにこだわる母が遠く感じられた。

私は母を必要としなくなってしまったのだとはっきりわかった。叔父さんもそうだったように。



私が大学に進学する前の年、久々にプラナーブ叔父さんは感謝祭のパーティに両親と私を招待してくれた。アメリカンスタイルのパーティに父も母もなじめなかったが、プラナーブ叔父さんは母を立たせみんなの前で、「この義姉さんがアメリカに来た私にとって初めての感謝祭というべき食事を提供してくれた。あれがなかったら私はインドに帰っていた」といい母を讃えた。



(ここからのどんでん返しは本当に驚いた。読書会で隣に座っていた初見のSさんがえ〜っと声を漏らしたことでもわかる

あの感謝祭から14年たってプラナーブ叔父さんとデボラは離婚した。叔父さんがベンガル系の人妻に心を移したためだった。デボラは電話で母に何か心当たりがあったかと尋ねるが母は知らないと素直に答えた。叔父さんとのことは母にとってはもう古傷のようになっていた。年齢を重ねて、父ともしっくりいくようになっていた。私が家を出たせいもあるのか、たまに帰るとかつてない温かみが父母に生じていた。そして私と母とのあいだにも和平が出来上がっていた。私は母が生んだ娘だが同時にアメリカで育った子でもある。それを母が理解してくれるようになって、アメリカ人の男友達を家につれていくとよろこんで迎えてくれるようになったのだ。また50歳を超えて母は大学の学位を取ろうという気持になっていた。

デボラから母はびっくりすることを聞かされた。ずっと義姉さんに嫉妬していたと打ち明けられたのだ。「自分より彼のことをわかっていたと思うとたまらない。横取りしたと責められていると思ってずっと気になっていた。」と。

母は「今度のことではあなたもお嬢さん方もつらい思いをされたでしょう」といい自分のほうが昔デボラに嫉妬したなどとはおくびにも出さなかった。

プラナーブ叔父さんの結婚式から間もない日の話もしなかった。

父も私もいない日の午後、ライターのガス容器と台所のマッチの箱をコートの下に隠し裏庭に出た。

小一時間も家を見つめて立ったまま、ようやくマッチを擦る決心をかためた。その時隣の奥さんがきれいな夕焼けですねと声をかけた。そうだったことにして母は家に引っ込んだ。そして母は何もなかったようにキッチンに立った。

そのことを母はデボラに言わなかった。母が誰にも言わずにいたその日の出来事を私に打ち明けてくれたのは私が結婚まで考えた男性と別れてからである。



感想

面白かった。淡々と描かれているが、それぞれの女性の心の葛藤がつたわってくる。

離婚に至る夫婦がいる一方であれほどぎくしゃくしていた夫婦仲が年を重ねるごとに しっくり行くようになる。そして成長した娘との和解。この部分がとても救われる気がした。

これから生きていくうえで 希望がもてる幕切れ。

故郷を離れ異国で暮らす事のむずかしさも垣間見えて興味深かった。

作者が意図してのことか、また作者の持って生まれた人柄のせいか、読後感がとてもさわやかでまたほかの短編も読みたくなった。

最近熟年離婚した同級生の男性に読ませたい。

でもプラナーブ叔父さんには失望した。インドの男性は心変わりしやすいのかな。

(い)

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