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A Diamond Guitar
  by Truman Capote

Penguin Books
Breakfast at Tiffany's より
May 〜 June, 2013
あらすじ

ミスターシェーファーはその刑務所では一目置かれる存在だった。読み書きも出来たし足し算もできた。ほかの囚人たちは手紙が来るとそれをミスターシェーファーに読んで貰うのを楽しみにしていた。彼は相手が幸福な気持ちになるように手紙の内容を変えて読んでやるので喜ばれた。彼は子供向けの木彫人形を作ることが得意だった。一ダース出来ると刑務所の所長が雑貨屋に売りに行き、それはミスターシェーファーの煙草代やキャンディ代になった。
彼は五十歳で、もう十七年も刑務所の農場に収容されていたので、新しい囚人が送られて来ても珍しくなかった。その日も人形を彫っていた彼のもとへキューバから来た新しい囚人を連れて、所長がやってきた。金髪の若い囚人は小脇にガラスのダイヤをちりばめたギターを抱えていた。所長はティコ・フェオに「この人を見習ってさえいれば間違いないからね」と言った。ティコ・フェオは彼の人形を触りながら、「これぼくんちの妹に似てる」とキューバ訛りの甘ったるい声で言った。
ミスターシェーファーは一人の男を殺して終身刑を言い渡されていた。ここに来て娑婆の事など思い出したこともなかったのに ティコ・フェオの模造ダイヤのギターとそのけばけした輝きを見てふと気恥ずかしいような、自分の過去の日々が思い出されて気持ちがふさぎ いつものように星空を見ても心がはずまなかった。
囚人の官舎に戻るとティコ・フェオがギターをかき鳴らして、朗らかに歌っていた。仲間が踊る姿や笑い声を聞くのは久しぶりだった。ティコ・フェオはギターをほめてくれたミスターシェーファーに「ねえおじさん、僕の二人の妹に人形をやっとくれよ」と言った。それから二人は大の仲良しになった。
ティコ・フェオは十八歳。金の十字架を首にかけ、ロザリオの鎖を緑色の絹のスカーフにくるんでもっていた。そのほかにオーデコロンの瓶が一つと懐中鏡が一つと、世界地図が入っていた。所持品はギターとそれだけだったが彼は誰の手にも触れさせなかった。
消灯前にティコ・フェオは地図をひろげマイアミやニューオーリンズやモービールやキューバ島などをミスターシェーファーに示した。一番行ってみたいところはスペインのマドリッドと北極だった。
ミスターシェーファーは心の中で、「おまえは怠け者のくせにただそんな夢ばかり見ている」とおもった。
二人は道普請の仕事に就いていた。ティコ・フェオはしょっちゅう怠けて看守から怒鳴られていたが、お昼になるとミスターシェーファーと彼は一緒に弁当を食べ、彼が持っている林檎や飴をティコ・フェオに分けてやった。
ミスターシェーファーはティコ・フェオの冒険談や女をものにしたとか名士に出くわした自慢話は大うそだと見破っていたがひそひそとささやく彼の声を聞いて心が温まる思いがするのだった。

一月のある日、ティコ・フェオは「おじさんお金あるんだろ」と行った。「二十ドルくらいなら」と生返事をしたがティコ・フェオは「モービールにいけば友達が船に乗っけてくれる。向こうへ渡ればもう自由の天地だ。エル・ムンドだよ。二人でマドリッドへ行こう」とあっさりと言った。
ミスターシェーファーは上の空で「この年じゃな、こう老いぼれては」と繰り返すばかりだったがそれからというものティコの言葉が頭から離れなくなった。トイレにいてもやはりすぐに脱獄出来るように思えてきて、気がいらだった。「ティコに遅れずに森を突っ切り、海岸まで走ることが出来るだろうか」と思いつつも一度も海をみたことのない自分が船に乗っている姿を心に描いたりした。
二月十四日ティコはミスターシェーファーと森の中で松脂精をとる作業をしていた。看守に向かってオレンジの種をとばしにらみつけられたが、ティコは「今に出し抜いてやるよ」と言い、再びオレンジの種をとばした。
午後になってひょっこりふたりの顔があったときティコは「水の中なら足跡が残らない。ね、川の中を逃げよう。それから木に登って日が暮れるまで隠れているんだ。わかったね、おじさん?」とかつて聞いたことを思い出したかのように心遣いをみせていった。「明日だよ、いいかい?」。「明日だね」とミスターシェーファーがいった。

ひと晩中まんじりともしなかったミスターシェーファーは隣のベッドで起き出していたティコを眺めた。彼は四つの宝物の入ったスカーフをほどき、懐中鏡を出して櫛で髪をきれいになでつけた。ロザリオの鎖を首にかけた。それから今度はギターの調子を整え始めた。もう二度と手にすることのないのを百も承知しているはずなのに。
森の作業へでかける。合図はあらかじめ決めてあった。「時間です」とトイレ休憩の声をかけそのまま木陰へ消える手はずだった。お昼が近づいても肝心の合図が聞こえないのでミスターシェーファーは「あいつ、どうぜやるつもりなんかないんだろう」と本気で思ったりした。
小川の土手で弁当を食べ終わった時 ミスターシェーファーはティコが自分の手をつかんでソッと握りしめるのを感じた。「看守さん、トイレです」とティコが告げた。
それからミスターシェーファーは土手をずるずると川の中に転げ落ちた。すぐに起き上がってかけだした。足が長いのでティコと肩を並べて走り続けた。あちこちで人の叫ぶ声が木霊した。三発の銃声が聞こえた。
ミスターシェーファーは川に丸太が横たわっているのに気づかず躓いてどっと倒れた。自分ではまだ走っているつもりだったが足が言うことを聞かずばたばたと水を打っていた。そうしているときティコの顔が上からちらっとのぞいたのを感じたがなぜかよそよそしい、値踏みをしているような顔に見えた。
みんなが探し当てたときにも彼はまるでのんびり水に面に漂っているかのようにかかとまでしかない水の中に横たわっていた。

その事件があって三年がたった。一対の探照灯が刑務所の塀に取り付けられたほかにはたいした変化はなかった。ミスターシェーファーにしても白髪がひときわ目立つようになったとか、足首をくじいたのが元で、片足を引きずるようになった点を除けば昔とかわらない。
所長が先に立って、ミスターシェーファーが足首をくじいたのはティコ・フェオをとらえようとしたためだと言ってくれた。新聞にミスターシェーファーの写真まで出てその下に「脱獄囚を取り押さえようとして」という見出しが出ていた。
ミスターシェーファーは新聞記事を切り抜いて保存していた。その中にティコ・フェオに関する切り抜きもあった。ついに彼が海外へ脱出したらしいとかの報道だ。
例のダイヤのギターはまるでティコがおまじないでもかけたかのように音がでなくなっていたが、ミスターシェーファーのベッドの下に今もおいてある。夜分時々彼はてさぐりで探し、指で糸をまさぐり、エル・ムンド(自由の天地)に触れる。

(い)

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