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          by ARTHUR GOLDEN -VINTAGE BOOKS-    

ページNo.は、Vintage Comtemporaries による
October 27, 2011 (Chapter 35 P487 〜 P499)
会長さんが晴れてさゆりの旦那になる盃事が一力茶屋で行われた。会長さんはさゆりを祇園の外に出して延さんの目から遠ざけようとしたが、新田の女将は金づるを手放すことを拒否し、結局はさゆりが芸者づとめをしないかわりに会長さんが毎月応分の金額を払うことで話が付いた。さゆりはこれまでどおり置屋で暮らし、時にはお座敷へ向かう芸妓を見て羨ましく感じることもあったが、豆葉との茶飲み話で日中を過ごしていた。

翌年、会長さんが新たに購入した別邸に移ったのちも、週の半分以上を会長さんと過ごす平穏な日々が続いた。そんな日常が大きく変わるきっかけとなったのが、会長さんの出張のお供をしたアメリカ旅行だった。さゆりは日本とはけた違いのアメリカの繁栄ぶりに感嘆し、その後も会長さんと渡米を重ねる度に異文化を楽しむ余裕を身に付けて行った。ニューヨークでは旧知の板場さんの和食屋で、昔馴染みの政治家やら財界人相手のお座敷を頼まれ、古巣に戻ったような懐かしさを覚えた。

そんな折、会長さんのお嬢さんが婚約を破棄されるという事件が起こった。婚約相手が、会長とさゆりの子供が跡継ぎになることを懸念しての心変わりだった。娘を心配する会長さんのため、さゆりはニューヨークでお茶屋を持たせてほしい、そうすれば必然的に子供は二度と日本の土を踏むことないだろうと頼んだ。会長さんはさゆりの思いやりに涙し、願いを聞き入れた。

祇園から芸妓を呼び、五番街近くの古いクラブの二階で開店したお茶屋は、幸いなことにすぐ客が付き、数十年の時を経た今もそれなりの人気を博している。今のさゆりは親しい方がみえた時しかお座敷に出ず、普段は近くの物書きが主催する勉強会に出たり、時には自分の部屋をお座敷として客をもてなしたりしている。会長さんは既に鬼籍に入ってしまったが、父母、姉の佐津同様に自分の中で生き続けていると感じていた。

今でもパーク街を横切ったりするときに、さゆりは自分が異国にいることを痛感するときがある。しかし今となっては故郷の鎧戸も同じように感じられるだろう。この世の中は大海に浮かぶ波のよう。苦労も成功もすぐさま波間に滲んでいくことを今のさゆりは知っていた。

コメント:愛する人の幸せのために祖国を離れるという決断をしたさゆり、物語の最後をかっこよく決めてくれましたね。2009年7月から2年3か月間の長きにわたり読み継いできた、アメリカ人作家が描いた昭和初期から戦後にかけて祇園に生きた一人の少女の物語、いかがだったでしょうか。最後まで一緒に読んでくださった皆さん、どうもありがとうございました。

(☆)

October 13, 2011 (Chapter 34 P480 〜 P487)
第34章続き

会長さんの打ち明け話は続き、豆葉が姉芸妓になったのは自分が頼んだことであり、折々に消息を聞かせてもらっていたと伝える。そして、奄美での一件についておカボに事情を問い詰めたことを明かしたうえで、佐藤との情事の真意を尋ねるが、さゆりはただ恥じ入るばかりで本意を語らない。
会長さんはひと呼吸おいて盃を傾けた後、これまで自分がどれほど延さんに助けられてきたか、実際彼の尽力なしでは今の岩村電器はなかったと語る。それ故、延さんがさゆりに惚れていると知ったとき、自分のさゆりに対する恋心は封印せざるを得なかったと告白する。思いがけない会長さんの言葉に、さゆりも意を決しこれまでの胸の内を明かす。
万感の思いで溢れる涙をぬぐうさゆり。そんな彼女を引き寄せ、会長さんは唇を重ねる。延さんへの義理立てはどうしたのかと問うさゆりに、延さんは既にさゆりから手を引いたと語る。奄美の小屋で見たさゆりの追い詰められた様子が、十八年前に初めて会った姿と同様に胸を打ち、もともとは延さんに見せるはずだったことをおカボに聞いていたので、代わりに自分が奄美の件を伝えると、延さんはひどく怒って彼女を許さなかったと話す。そして会長さんは再びさゆりを抱き寄せ、今度は喉元へと唇を這わせた。

コメント:さゆりの一見致命傷かと思えた読み違えが、一転して幸せを呼び込むきっかけになりました。これこそ「災い転じて福となす」ですね。奄美の小屋で見たさゆりに捨て身の必死さを感じとった会長さん、よくぞ前に踏み出してくれました。意図的ではないにしろ結果的にだしに使われたおカボと、何度もさゆりに貧乏くじを引かされた延さん(女心に鈍感過ぎるせい?)には同情を禁じえません。この二人にはさゆりと会長さんに負けない位の彼ららしい花を咲かせた人生を送ってもらいたいものです。

(☆)


September 22, 2011 (Chapter 34 P472 〜 P480)
第34章

戸が開いてからのことはほとんど覚えがない。おカボと立っていたのはなんと自分がずっと心に大切に思っている会長さんだった。本当に自分が見たのは会長さんだったのだろうか。延さんと旦那の関係になることを避けたいばっかりに、自分でも思い切った賭けに出たことがこんな結果になってしまったことにさゆりは全身の血の気がひいたのだった。何とか宿にはたどりつき、部屋に戻ろうとしたとき、おカボが出てきた。「延さんを連れてきてと頼んだのにどうして。聞き間違いでもしたんか」と訪ねるさゆりにおカボは自分が養女になるはずだったのに横取りされたことを根に持ち「二度までも出汁にされたらかなわんわ。あんたが会長さんをどない思うてるかちゃんとお見通しや」と答えた。さゆりはこれまで友達だと心を許していたおカボに仕返しをされた事を悟った。その時おカボの顔は初桃の怨霊がついたように怒りに染まっていた。

その夜皆が寝静まってから気がついたら海辺の崖に立っていた。吹く風や踏んでいる石までが自分をあざけっているようだった。会長さんのハンカチを袂から出し暗い海に飛ばそうとした時このハンカチだけが自分の大きくなってからの唯一の思い出の品と思い直した。

奄美から京都に戻って三日後、岩村電器から一力のお座敷に呼ばれた。延さんに呼ばれてやっと旦那の話がまとまったと聞かされると思い、さゆりはうちひしがれる。何とか気持ちを立て替えようと帯を指一本の幅だけ高めに結び直してもらい、やっとの思いで出かける。
通された部屋は五年前戦争で祇園が閉鎖になるとき延さんに呼ばれた小部屋だった。お祝いの席にはうってつけの部屋に思えた。
待たされているうちにうつぶせに寝入ってしまったらしく、足音とふすまの音に目を覚ますと、そこに会長さんが立っていた。なぜ延さんが一緒ではないのか訝しむさゆりに「今日は延さんは来ない」と言って会長さんは絵巻物の包みを開いて見せる。それは宮中の暮らしを細かな筆致で描いたもので、その中に描かれている女性を見ると目の色が青みのある灰色だった。自分が内田という絵描きのモデルになった事を思い出してさゆりは顔を赤らめる。その女性が描かれているから自分はこの巻物をずっと大切に持っているとうち明ける会長さん。
女将が出て行き二人きりになると、さゆりは奄美でのことを必死にあやまろうとするが会長さんはそれを制して十八年前の初めてさゆりに会った日のことを話し出した。さゆりはその時自分が声をかけてもらいハンカチをもらったのが会長さんだとずっと前からわかっていたとつげる。会長さんはあのときのさゆりの目は初対面の自分に心の中まで見えるような目を向けたくれたと打ち明ける。


感想; いよいよクライマックスが近づきました。読んでいるこちらまで幸せな気分になります。人間あきらめずに生きていればいつかは良いことがあるという事をさゆりが示してくれます。美人は得だと誰かの声が聞こえますが。

(い)

September 8, 2011 (Chapter 33 P463 〜 P471)
第33章続き

 次の日の午後皆で村の中をそぞろ歩きをしている時古い木造の納屋のような家を見つけ、中に入ってみると村の芝居小屋に使っているようで板張りの舞台のようなものがあり入口の戸を開けるとそこに日があたる。延さんに嫌われるため佐藤さんと寝ているのを見せる場所として条件が整っている。
 宿へ帰りうまく佐藤さんを散歩に誘うことが出来、おカボに後から延さんをその小屋に連れて来て戸を開けて2人を見つけてくれるよう頼んだ。小屋に連れ込まれた佐藤さんは分けが分らぬようだったが「祇園の佳寿代なる姐さんが旦那には出来ない偉い人を情事の為2人だけの静かな場所に案内した」など話しをしてようやく理解した佐藤さんは猛然と襲い掛かり、板の間に敷いた茣蓙で体のあちこちが痛いのを我慢しているさゆりの上で果てた。
 情事が進まないうちに延さんが来てくれないかとの願いは果かなくようやく戸が開いておカボが2人で見下ろしていた。しかしあろう事かそれは延さんとではなく会長さんとだった。

(KO)

August 25, 2011 (Chapter 33 P455 〜 P463)
第33章

さゆりは、延さんからの旦那になる話を間近に控え、自分の中にある会長さんへの思いを断ち来るために「漁師のような心」になってみようとします。網で魚をすくい出すように、浮かび上がる会長さんへの思いをすくいとってしまえば良いというのです。 Don’t think of the Chairman, think of Nobu instead. それでもまた元の木阿弥。心の中にぽっかり穴があいたようで、その顔はhung like a kimomo for a rod―衣紋掛けの着もののようになってしまうのでした。 

そんな気持ちのまま、岩村電器の接待のため奄美に飛行機で向かうことになりました。会長さん,延さんもご一緒です。先斗町からは豆葉とおカボとさゆりともう一人静江さんという老妓が同行しました。初めて乗る飛行機。その狭い空間で延さんと交わす会話、心の不安。もやもやと巡る思いで窓から仰ぐ絶景。銀色に輝く米空軍のマークを付け堂々のさゆりの乗った飛行機。つい五年前、戦時が一体何だったかと思われる勇姿。日本は過去を捨てたというのでしょうか。どうせなら未来までも捨ててしまいたいように思いました・・・。と、このとき、ある恐ろしい場面が心をよぎりました。 ・・・その後の空の旅は、悩んで悩んで・・策謀 ・・詰め将棋。 宿についてからの混浴・・。 そして、本当に作戦通りのことができるものなのか、成算のあろうはずがありませんでした。 …何かが起こりそうです。


文中で雑魚寝(ざこね)とある。うまいもので、小ぶりの魚が魚籠(びく)に放り込まれた様子で寝ること・・とある。英語では“fish sleeping”。 それではすし詰めはbe packed like sardines又はcram。 塾のこともcramといいますね。 多国語を学びその文化の違いに又大きな興味と発見があり。楽しいですね。 

 (^_^)

July 28, 2011 (Chapter 32 P442 〜 P454)
第32章続き

おかぼが風邪で不在のお座敷で、さゆりは会長さんに得意の舞を初めて披露する。亡き恋人を悲しむ渾身の舞に会長はそっと涙をぬぐっているように見える。もしかして会長はおかぼを思い浮かべ悲しんでいるのでは、という疑念が一瞬さゆりの心をよぎる。

都をどりを終え、久しぶりの岩村電器のお座敷は、延さん、佐藤とさゆりの三人だけだった。さゆりが遅れたせいか機嫌のよくない延さんは、佐藤にしたたか酒を飲ませて早々に帰宅させる。その後二人きりになると、佐藤がさゆりの旦那になりたがっており、場合によっては一晩だけでもよいと頼んできたと呆れたように話す。

さゆりは佐藤が岩村電器に与える影響力の強さを知っているので、延さんのけんもほろろな対応を心配すると、「あんな男に身を任せてもよいなどとは祇園の色に染まり過ぎたか」と延さんは逆に怒り出す。

怒りが高じて握りつぶしたグラスでの傷の手当を終えると、延さんはさゆりに石を返してくれと頼む。その石は工場の焼け跡のコンクリートの破片で、「コンクリートの塊を宝石と引き替えてやれるようになったら、そのときこそ俺を旦那にしてもらおうか」と言って渡された品だった。遂に来るべき時がきたとさゆりは凍りつく。

さゆりがやっとの思いで置屋から持ってきた石を持ち上げ、「ここまで大きい宝石は買えないが、前よりは余裕ができた」と話す延さんを前にして、内面の動揺を隠すべくただ頭を下げるさゆりだった。

 (☆)

July 14, 2011 (Chapter 31 P433 〜 Chapter 31 P442)
第31章続き 

ちょうどそこへ佐藤氏と延さんが到着した。
佐藤氏は最初、さゆりしか目に入らない様子だったが、おカボは気にせず、佐藤氏の家族や、昔のなじみの芸妓のことまで、頓着なく喋り続けた。さゆりはハラハラするが、佐藤氏はむしろ気分が乗ったようで、宴会は好調に進んだ。
おカボの馬鹿話をきっかけに、それぞれが二つの話をして、どちらが嘘でどちらが本当かを当て、間違った者は penalty glass を飲まされるという遊びが始まった。
さゆりの番になった時、さゆりは思わず、白川で初めて会長さんに出会った時の思い出を語り始めるが、ふと会長さんの様子を見れば、聞いているのかいないのかもわからないような態度だった。
さゆりはうろたえ、急いで別の話に変えてしまった。
一方、飲み過ぎたおカボは目もうつろになり、ついに座敷から連れ出される始末だったが、佐藤氏はおおいに宴会を楽しんだようだった。

第32章

延さんは相変わらず佐藤氏に対して嫌悪感を抱いているらしかったが、祇園での接待はその後もずっと続いた。
さゆりは、佐藤氏のご機嫌もとらなければならず、といって、あまり佐藤氏にかまいすぎると延さんが臍を曲げるので、苦労が絶えなかったが、そのお座敷のおかげで会長さんにたびたび会えるようになり、大きな幸福感を味わっていた。
会長さんの顔つきや表情、ちょっとした仕草の何もかもが、さゆりを惹きつけてやまず、つい、会長さんばかりを見つめてしまうのだった。
おカボはそんなさゆりの様子に気づいているようだったが、彼女の気持ちは測り難かった。


<英語/日本語の表現>

◆ ... until I began to see what I felt certain was a glimmer of pride.
「男の甲斐性と言いたいらしい表情がちらつきだしました。」
※英語のほうには「男」にあたる語が無いのに、和訳が「男の甲斐性」というのは面白いですね。
ちなみに「オンライン英会話BRIDGE」というサイトでは、「甲斐性のある男」は、good provider, sugar daddy と訳されているのですが、どちらもややニュアンスが違うような気がします。

◆ "Thank heavens for people like you, Pumpkin,"
"You make the rest of us seem positively dull."
「いやはや、おカボちゃん、天真爛漫な人だね」
「まわりの人間がくすんで見えるよ」
※いずれも会長さんのセリフですが、後半のほうは、ほぼその通りの訳なのに対して、前半は「天真爛漫」という一語にコンパクトにまとめられているのが面白いと思いました。「heaven」⇒「天」真爛漫、という訳でもないのでしょうが(笑)

(∀)

June 23, 2011 (Chapter 30 P423 〜 Chapter 31 P432)
第30章続き

さゆりは豆葉から「延さんの宴会に、おカボに声をかけたらどうか?」と言われる。
おカボは祇園に帰ってきて、小さな置屋にいるらしい。
さゆりは小母に居場所を聞いて訪ねて行くが、おカボはよそよそしかった。
ぽっちゃりした丸顔だったのが、頬の肉が落ち、やせぎすの色気が出ていた。
後でわかったことだが、勤めていたレンズ工場が閉鎖になった後、大阪の赤線にいたらしい。
岩村電気のお座敷に誘うが、来るとも来ないとも言わなかった。

第31章

土曜日のお座敷の日は、ひどいお天気だった。
さゆりが一力に着くと、大騒ぎだったので、先週の部屋に入って行った。
そこには会長さんがひとりで雑誌を読んでいた。
五年ぶりに会った会長さんから、「器量はかわらないね。」と言われる。
ほどなく豆葉とおカボが部屋に入ってきた。
おカボは見事な着物を着ていて、会長さんも思わず「立って見せてくれ。」と言うほどだった。
「一力さんに来るのに、いつも着物では恥ずかしいので借りてきた。」と言う。
芸者がそのような話をするのを聞いたことがないので、会長さんは面白がっていたようだ。
佐藤さんのことも「豚みたいな人」と言って、皆を笑わせた。

コメント
豆葉がおカボのことを「crude」と表現しているが、訳では「がさいところがある」となっていた。
ぴったりした表現で印象に残った。

(H.O)

June 9, 2011 (Chapter 30 P416 〜 P423)
第30章

 延さんに催促されお母さんに書いた手紙が功を奏したのか、お母さん自身もその気になっていたのかしばらくして小母が尋ねてきて5年ぶりに祇園に帰り、お母さんと小母とで4,5日掛りで置屋を何とか人が住めるようにした。ほかに飯炊きと女中ともう1人戦争中お母さんと小母が暮していた農家の娘の9歳になる悦子が一緒に住んだ。

 何とか片付いて豆葉をはじめ祇園町に挨拶回りをした。豆葉は旦那がいなくなり八坂神社に近い薬屋の二階で一間だけの間借りをしていた。祇園はすっかり変わって何処もかしこもアメリカ兵が幅を利かせていた。

  1週間ほどして延さんの座敷がかかり丹念に化粧をして一力に行き待っていると、延さんは最初から佐藤さんなる大蔵省の副大臣を連れてきて、蝶の真似をする象さながらに慣れぬ接待に努めていた。佐藤さんはふんふんと鼻を鳴らすだけでおよそ人間の言葉らしいものを発せず、注がれる酒を次々に出っ張った下顎に流し込むばかりだった。飲みくらべの遊びを始めたら今にも吐きそうになりトイレに案内する間も無く庭の雪に吐いてしまった。
 吐いた後寝てしまった佐藤さんの横で延さんに今度はパーと座を明るく盛り上げる芸者を加え、お客さんに会長さんも加わってもらったらと勧めた。

(KO)

May 26, 2011 (Chapter 29 P410 〜 P415)
第29章続き

終戦から3年、まださゆりは祇園には戻らず、友禅の染め物工場で、その美しい手を染料で染めていた。 ある十一月の冷え込んだ午後に延さんがさゆりを訪ねてやって来た。

いつさゆりが祇園に帰りまたお座敷出会えるのか、しびれを切らした延さんがさゆりにわざわざ会いに来たのだ。「天地がひっくり返るように変わったと思うてましたけど、そうでもなさそうド砂。ちょっともかわってはらしまへん。」流暢に話を切り出したさゆりに向かって、「そんなのはともかく、肝心なことを聞きたいね。いつ祇園へ帰ってくるとか、そういう話をしてくれ。ひょっとしたら枕も上がらない重病かと思ってきてみたら、うん、痩せたようには見えるが、一応ぴんぴんしてるじゃないか。なぜ帰ってこん?」といきなり用件を切り出す。 

新田の女将は進駐軍相手にお土産ものを売って、あんじょうやっているという。 延さんは「いつまでも進駐してるお客さんではなかろう。いいから、ご贔屓の延さんに帰るように言われたと伝えておけよ。」
と念をおし、持って来た小さな包みを取り出し、さゆりの方へ投げ出した。 開けてみろという延さんの言葉に、頂戴するより前に延さんに差し上げたい物があるという。 芸者にとって大切な舞扇、しかもさゆりがお名取りをとった時にお師匠さんから授けられた扇を延さんに差し出した。舞のわからない延さんにとってはさして嬉しい物でも無かったようだが・・。

延さんからの紐をかけた包みの中は、宝石でも何でも無く『コンクリートの破片』とも言うべき物であった。それはさゆりにとっての命のかけら−舞扇にも匹敵する会社の工場が吹き飛ばされた残骸だった。このコンクリートの贈り物の意味とは・・・。そのコンクリートが本物の宝に変わる!この魔法を祇園での一仕事を、さゆりの手を借りてしてほしいというのだ、そしてその時こそが延さんがさゆりの旦那になる時だと。どん底の岩村電気の命をかけた再建をさゆりに手伝ってもらいたい。そのためにはまずはさゆりが祇園に帰る段取りを一日も早く進めたい。 大阪へ戻るという延さん、別れ際に「いやはや、さゆり姐さんも野暮ったくなったものだ。」とわざと渋い顔。 


戦争が変えた現実。甘い憂いのご時世ではなかった。自分の運命が祇園にあると信じ、水性の気質だとされたさゆりは、祇園に帰るその日までその水を凍らせてこらえてきたようなものだと。I’d learned to suspend all the water in my personality by turning it to ice. Only by stopping the natural flow of my thoughts in this way could I bear the waiting. その氷が溶けるときが来たようです。

(Y)

May 12, 2011 (Chapter 29 P402 〜 P410)
第29章

祇園の芸妓の中でも戦争で疎開先を見つけられたのはほんの一握りに過ぎなかった。延さんの口添えで友禅の着物工房で働かせてもらうことになったさゆりは、嵐野さん一家と暮らしながら、延さんへの恩義を日ごとに感じるのだった。
つくづく自分は恵まれていると知ったのは翌昭和20年の春たまたま東京へ行っていた蕾葉が東京空襲で亡くなったと聞いたときだった。母娘二代の名妓と謳われ、父親は財閥の出で、蕾葉だけは戦争があっても安泰だと祇園では誰もが思っていた。その空襲では横綱宮城山も命をおとした。世間並み以上の暮らしをしていた二人が亡くなったのに引き替え、おカボは大阪のレンズ工場で何度も空襲に遭いながらも生きのびて終戦を迎えた。つくづく戦争と身の運不運はわからないものだとさゆりは痛感した。

豆葉は福井の病院で看護の手伝いをしながら無事であったが 女中のたつ美は長崎の原爆で、また男衆の一丁田さんは心臓発作で亡くなった。大阪の海軍基地で仕事をしていた別宮さんはどうにか無事、鳥取少将は寿留屋で昭和三十年前後まで暮らし最後は畳の上で亡くなった。そして豆葉の旦那であった男爵は戦後爵位を失い、お屋敷の池へ入水自殺を遂げた。
新田のお母さんはというと、案の定生き延びて闇市より一歩手前の売り買いに手を染め、よその家から出た品物を商っては戦争のおかげでむしろ太っていた。嵐野さんが現金に困って手持ちの着物を売るときはさゆりがお母さんに頼んでお金に替えてもらった。嵐野さんは買い戻す時までお母さんが押さえてくれるよう望みをつないでいたが、売ってしまえばそれまでと言ってお母さんは気にもとめなかった。

さゆりは昼間はパラシュートを縫い、夜は娘さん母子と仕事部屋に布団を敷いて寝た。食料は日に日に惨めになり終いには大豆かすや米糠とうどん粉を混ぜて焼いた糠パンなどよくぞ口に入れたと思うようなものも食べた。嵐野さんは孫がひもじがって泣くと大事な着物を売ってお金にするまさに「たけのこ生活」だった。
この十年会長さんのことばかり思い何とか目をかけてもらいたいとの一念でつらい芸の道にはげんできたさゆりだったが もしこのまま会長さんのお眼鏡にかなわないままで死んでしまったら死んでも死にきれないと思い詰め危うく道で軍用トラックにひかれそうになり、いつまでも夢を追っている自分を反省する。

終戦から一年、着物の仕事を再開した嵐野さんの工房でさゆりは染料を煮る桶の番をすることになった。炭団の匂いがきつく、あまりにもつらいので染料のもとになる樹皮や茎を集める仕事に替えてもらったら大事にしてきた手が荒れて打ち身のような色になった。他にもいろいろやったが結局元の染料の桶の番に戻った。
戦争が終わってもお母さんからは一向に声がかからなかった。実はこの五年ばかり祇園を離れていた間にいちどだけ祇園に足を向けたことがあった。終戦の翌年の春のこと、一人で白川沿いを歩くと豆葉やおカボや延さんのことなどがつぎつぎに思い出された。置屋に足を向けると南京錠がかかっていた。昔は出たいのに出られなかったのに今ではしみじみ中に入りたいと思った。

感想 
実は5月半ば祇園白川のあたりを歩いて来ました。祇園新橋地区を抜け白川に架かる辰巳橋、今も舞妓さんたちがお稽古の上達を祈願する辰巳大明神そして白川の流れに沿うように連子格子の御茶屋が並ぶ小路は今にも豆葉やさゆりがふいに出てくるように思えて、改めて読書会でさゆりを読んでいる幸せを感じました。  This is what we Japanese called the onion life- peeling away a layer・・ とある、{タマネギのような暮らし}を指して∀さんがこれって「たけのこ生活」って言うよねとの指摘。その方がわれわれには馴染みます。英次郎ではbamboo life もonion lifeも出てきませんでした。 

(い)

April 28, 2011 (Chapter 28 P393 〜 P401)
第28章続き

早速さゆりは、軍需工場以外の道を斡旋してもらおうと元の旦那に会いに行く。職権乱用などの罪で軍を追われた少将と会うのは一年ぶりだったが、一目でその間の苦労が察せられる風貌だった。結局、権力を失った少将に最早さゆりを助ける余力はなく、さゆりは途方に暮れる。その足で相談に寄った豆葉も、後ろ盾だった男爵と縁が切れて自らの行く手を探しあぐねていた。

その晩、名残を惜しむ会が賑やかなお座敷の最中、仲居に呼ばれたさゆりは二階の小部屋に案内される。襖をあけると、延さんがひとりでビールのコップを傾けていた。

四年ぶりの再会だった。近況を報告すると、延さんは少将の頼りなさを非難し、さゆりにぴったりの働き口を見つけてあると言った。彼はその紹介と引き換えに、さゆりに自分を袖にしてつまらない男を旦那に選んだことに対する謝罪を求め、花の盛りを無駄にしたとなじった。そして涙ながら畳に手をつくさゆりに、二度と同じ過ちを犯さないよう約束させた。

仕事の内容は、以前男爵の園遊会で会ったことのある友禅職人のもとでパラシュートを縫うことだった。役所への面倒な手続きも代行してくれるという延さんに、さゆりは何度も礼を言った。その度に満足気な表情を浮かべる延さんだったが、帰りはさゆりのお供を断って、ふり返ることもなく雪の中へ消えていった。

コメント

延さんが社長を務め、さゆりが憧れる会長さんがいる岩村電気も、大手とはいえ戦時中は大変でした。国から銃剣や弾薬入れを作るよう要請を受けた際、会長が設備がないと突っぱね、すると今度は戦闘機の設計製造を申し渡されたとのこと。再び拒否すれば会社の存在が危うくなり、下手をすると監獄行きかもしれないと延さんが語っています。そんな緊迫した状況にもかかわらず、困っていたさゆりの為に一肌脱いでくれるとは、延さん、男気がありますね。今回は別れ際の会話が特に印象的でした。

“Sayuri”, he said to me, “I don’t know when we will see each other again or what the world will be like when we do. We may both have seen many horrible things. But I will think of you every time I need to be reminded that there is beauty and goodness in the world.”
「さゆり…。この次はいつ会えるのか、もし会えるとしたら世の中がどうなっているのか、今は何とも言えない。それぞれの立場で、悲惨なものを見ているかもしれないよ。だがな、こんな世界にも美がある、善がある、と自分に言い聞かせたくなったときには、おまえを思い出すことにするさ」(翻訳:小川高義)

普段は武骨で皮肉屋な人だけに、意外性があり、じんわりと心にしみる台詞でした。

 (☆)

April 14, 2011 (Chapter 28 P388 〜 P393)
第28章

戦時中、一般的には物資がひっ迫していたが、祇園は閣僚や海軍の司令官を旦那にしている芸妓たちがそろっていたので比較的潤っていた。特に新田の置屋はさゆりの旦那である鳥取少将のおかげで、配給制になっても日常物資のみならず、チョコレートや化粧品といったぜいたく品までが定期的に届けられ、女将はその多くを周囲に分け与えていた。その行為は気前のよさからではなく、祇園という土地柄のなせる業だった。

しかし戦局が進むにつれ、祇園を取り巻く状況も次第に厳しいものになってきた。ある日、女将の留守中に憲兵が置屋に上り込み、やおら庭の検分を始めた。食糧逼迫の折、よそではあたり前になっている菜園が作られてないことを確認すると、近所で聞き込んだ新田の悪行を並べたてた。今までにない事態にさゆりがうろたえていると、ちょうど女将が帰ってきて応対を引きついだ。座敷での丁重な話し合いの中で、置屋の後ろ盾である鳥取少将が憲兵隊に拘束されたことが判明した。

溜めこんでいた物資は召し上げられ、失脚した少将はもう当てにできず、たちまち新田の置屋は世間と同じように配給頼みの生活となった。

昭和18年(1943)の半ばともなると、日本軍の劣勢が徐々に明らかになり、先行きに対する不安が人々の心の中に広がっていった。贅沢、娯楽の類は不謹慎として厳しく取り締まられ、楽しいと思っただけでも非国民になったような気がするご時世だった。噂になって久しい花街が閉鎖になるという話もいよいよ本当になりそうで、祇園の芸妓たちは、置屋が火事になった後、動員されて軍需工場で働く小りんのやつれきった姿に自分を重ね、戦々恐々としていた。翌年の一月、とうとう花街の営業停止が発表された。

コメント
花街の営業停止(the closing of the geisha districts)の知らせを聞いたとき、周りにいた芸妓たちのようすをこう描写しています。
I looked at the despair on the faces of the other geisha around me and knew in an instant that we were all thinking the same thing: Which of the men we knew would save us from life in the factories?
周りにいる芸妓たちの顔には絶望が浮かんでいた。そしてすぐに同じことを考えているとわかった。「知り合いのどの男に頼めば工場勤めをしないで済むだろう。」

土壇場になってから身の振り方を考えるというのは少々暢気なような気もする反面、さゆりのように祇園しか知らない境遇だと、他の生き方を想定することすら難しいのかもしれません。絶望しながらも誰が頼れるか、くるくると頭を働かせて次の一手を考えている様子がなんともユーモラスで、このちゃっかりした逞しさこそ今の言葉でいう芸妓さんならではの「女子力」でしょうか。

 (☆)

March 24, 2011 (Chapter 27 P381 〜 P387)
第27章続き

ある日さゆりは、その日の晩、歌舞伎俳優の坂東章二郎が先斗町の茶屋にあがるという事を耳にする。さゆりと豆葉は、初桃が間違いなく章二郎の座敷に出ると推測し、早速自分たちも乗り込むことにした。
さゆりは、これが決定的な"仇討の本懐"になりそうな予感を覚えると同時に、子供の時自分を刺した蜂が、男の子たちに石で羽を押さえつけられ、もがきながら死を待っていた姿が初桃に重なり、心が重くなった。
先斗町の座敷で、うまくさゆりたちを出し抜いたと思っていた初桃は、急に現れた二人の姿を見てうろたえる。
さらに豆葉は、舞や手練の技をもって章二郎を籠絡し、最初は初桃べったりで酒を汲みかわしていた章二郎もたちまち豆葉にぞっこんになってしまった様子を、客たちに見せつける。
頭に血がのぼった初桃は、章二郎の口に噛みつき暴力をふるい、茶屋の女将や座元たちに取り押さえられるが、これはもちろん、豆葉が始めから計画していた筋書きが図に当たったのだった。
この事件で花街に居場所を無くした初桃は、誰に挨拶をすることもなく一人で祇園を去った。置屋の女将も、以前から初桃をお払い箱にしたいと思っていたらしかった。
初桃はその後、宮川町で娼妓になった等の噂もあったが、はっきりした事はさゆりも知らない。いずれにしても末路が哀れなものであったことは間違いない。
さゆりは初桃がいなくなって初めて、自分がどれだけ初桃の存在におびえていたかという事を実感した。
数十年を経た今でさえも、たまに鏡の中から、初桃がにっと笑って顔をのぞかせるような気がすることもあるくらいだ。

クライマックスの一つとなる場面です。豆葉とさゆりは、ついに初桃に対して決定的な勝利をおさめますが、読書会の雰囲気としては「勝利万歳」というよりも「初桃かわいそう。。。」という感じが残ったようです。
初桃がこれまでさゆりに行ってきたいじめの数々を思えば、もちろん自業自得には違いないのですが、初桃がこのような性格になったのも、物語には書いてありませんが、どうしようもない要因があったように思えます。
初桃のいる座敷にわざとついて回り、自分たちがされた事をそのままやり返しながら、ここ一番のチャンスを活用する豆葉。さゆりにとっては大恩人の豆葉ですが、百パーセント正義の勝利ともいえません。
「もし板を割ろう思うたら、ひびが一本真ん中に入ったかて、まだ序の口やろ。どしんどしん踏んづけて、ぱりんと割らなしゃないわなぁ」
という、"鉄の女"豆葉が、祇園で築いた現在の地位の裏にあるもの。
豆葉の旦那である男爵のゆがんだ一面が先に登場していたり、豆葉の密かな三体もの「水子地蔵」の描写がちらっと出てきたりするのが、物語に陰影を与えていますね。
いっぽうで、座敷の客の一人である目の不自由な筝曲家が、初桃の事件を眼前にしながら、見えないためにいちいち「どないなってます?」とさゆりに聞いたりしているのが、緊迫感の中でちょっとずっこけるというか、とぼけた味を出しています。
さて物語はこのあと、いよいよ戦局が厳しくなっていき、花街の灯も消えてしまいます。
また、初桃との闘いの中で、自分は何も悪い事をしていないのに犠牲者になってしまったおカボの事を、豆葉やさゆりはどのくらい気にかけているのでしょうか?
今後の展開が期待されます。

<英語/日本語の表現>

◆ turn out to be 〜と判明する、〜であるということが分かる、たまたま〜である
"... beside a gentle-looking old man who turned out to be the koto player Tachibana Zensaku, whose scratchy old records I still own."
「そこにいらしたのが穏やかそうなご老人で、これが筝曲の立花善作さんだったのですね。パチパチと雑音の入るレコードを、いまでも私は持っておりますよ。」

◆ lavish 【形】豊富な 【他動詞】〜を浪費する、〜を気前良く与える
"Shojiro may have lavished attention on women like Hatsumomo and Mameha, but the fact remained that he was homosexual;"
「初桃やら豆葉やら、女に気が多いように見えた章二郎でしたが、じつは男色の趣味があったというのは紛れもない事実でございます。」
※C3-59-15-1で、"South Korea had lavished the North Korea with humanitarian aid." という李大統領の言葉を聞いたばかりですが、lavishはこのような用法もあるんですね。

◆初桃の表情を表す動詞(27章前半も含む)
too busy glaring at me 「ひたすら私をにらみつけていて」
Hatsumomo's expression soured 「いかにもまずい顔をいたしましたのは」
went on glowering at 「にらんでいた」
smirking at 「にっと笑いそうな」

(∀)

March 10, 2011 (Chapter 27 P374 〜 P381)
 さゆりは初桃の部屋にあったエメラルドの帯留をお母さんにみせる。自分が盗んだといわれ借金に加算されていたのだ。初桃はなくなったとばかり思っていたと抵抗、さゆりがつけていた日記のことを告げ口。見てもらうために二階へ案内するが、さゆりが機転を利かせ隠したため日記は見つからない。その上、初桃が割れた瓶を踏んで血が出た足で座敷を歩いた跡がどの畳にもついていた。お母さんは「帯留めの分はさゆりに返してもらう。血で汚れた畳の替えも勘定につける」とにべもなく初桃に告げる。初桃はさゆりをにらみつけたまま今まで見たことのない顔つきになった。

 さゆりはあとになって、この日を境に本当の意味で初桃と自分の関係が変わったと思うようになった。一力で何度か出させてもらった山本五十六大将のお座敷で、大将が勝つ秘訣を問われ「相手を打ち砕くというより相手の自信を砕くこと。疑心暗鬼になっては何事も集中できない」と言うのを当座は理解できなかったが、あの日初桃は「お母さんは二度と自分に味方してくれない」と思い知ることになり、疑心暗鬼に陥って衰勢に向かったのだとさゆりは思う。

 この事件のあと豆葉はしばらく初桃の行く先々へ目を光らせた方がいいといい、二人、または二人のどちらかが、初桃のお座敷へ顔を出すようにした。初桃はある晩とある小路で振り返りざま、豆葉の顔を張り飛ばそうとする騒ぎになる。
「初桃さんもあないなってしもたら、お医者さんの言いぐさやないけど、心がとりとめものうなってはるのやねえ」と豆葉が言った言葉が程なく祇園中に広まった。 

(い)

Feb 24, 2011 (Chapter 27 P369 〜 P374)
第27章

 時は昭和14年の夏。お座敷やら、少将への相手、舞の会、などを多忙な生活に追われ、ふと気がつくと、稼ぎは初桃とおカボをあわせたよりも多くなっているとのこと。 お母さんからの部屋を変えろと言われる。それは虎のような初桃に火をくべるようなもの。案の定虎は牙をむきました。 さゆりが秘密に書いていた日記を初桃が見つけ出し、読んでいたのだ。折々の思いつきを実名を伏せて、男人の癖などで符牒のように書いたもの。延さんは人を小馬鹿にしたように「つっ」という音を口からもらすことがあるので、「ツーさん」、会長さんはゆっくりとハアッと息を吐き出すことがあるので「ハアさん」といった具合に。

 初桃は内容、書き方に自分の意見を述べたり、まあ面白おかしくその日記を読みふけ、おかあさんに見せようと言う。それをいかに賢く取り返そうとするさゆり。火花が飛び散る女のドロドロした様子が伺われる、化粧道具が飛び散り、宝石やらも畳にこぼれ、襖の軋む音が聞こえてきそうな迫力ある場面です。そこに以前初桃が好いた男を引っ張り込んだのを見てしまったさゆりが泥棒呼ばわりされることになった品エメラルドの帯留めがでてくる。その帯留めを初桃の鼻先に突きつけ、隙を狙って帳面を取り返す。さゆりも絶対に負けられない血みどろの戦いなのだ。

(Y)

Jan. 27, Feb 10, 2011 (Chapter 25 P352 〜 P354, Chapter 26 P355 〜 P368)
第25章続き
豆葉の「鳥取少将は軍需品を調達する責任者で、戦争が長引いて物資が無くなった時には役に立つ」という話を聞いたお母さんは次の日から鳥取少将について聞きまわり、どうやら延さんを旦那候補から落としたらしい。延さんはしばらくは怪訝な顔をされていたが、ある時からあからさまに憤然とした態度を示された。

第26章
昭和13年の9月一力で18歳のさゆりは鳥取少将と旦那の固めの盃をかわした。その日のうちに市街の北西にある寿留屋という素人家同然の小さな旅館へ行き、少将の命じるまま色気も何も無い交わりを持ったが、なにか気色が悪いと言う印象が残った。それでも日数がたつにつれそれもうすれて、週に2度のお勤めを果たせばいいと言う程度になった。
翌年安田明さんと言うたぶん30を出ておられない方に宴会で会いお互いに好意を持ち、度々座敷に呼んで貰いある日着物を頂いた。置屋に持って帰ったらお母さんがこんなみっともないものを着て人前に出てくれるなと言って翌日さゆりに断わりも無く売ってしまった。
お母さんに対する腹立ちと安田さんへの思慕から座敷の終った後、禁を犯して安田さんと密会した。少将や水揚げの時の院長との交わりで感じる気色の悪さはなかった。
 少将を旦那にした秋以来延さんからはぱったりと声がかからなくなった。たまたま会長さんの座敷に行く機会があり会長さんから「人の付き合いは大切なものだからあっさり捨てていいことにはならん」と言われ、延さんのことが気になっていた時、孝鶴と言う舞妓に延さんにいじめられているが何とか怒られない方策を教えてくれと言われ、延さんが最近使っている店を聞き出した。
 1ヶ月半か2ヶ月ぐらい延さんが着くと思われる時間にそのお茶屋のあたりを歩き回り、ようやくある晩延さんに遇い祇園の街を歩きながら話すことが出来た。延さんはあらゆる手を尽くしてさゆりの旦那を探り「あんな男に運を託すとは思いもよらん馬鹿だ」と言って「何とか又呼んでくれ」と頼むさゆりに「俺はお預けを食らうのが嫌いなんだよ」と言って離れていった。

(KO)

January 13, 2011 (Chapter 25 P345 〜 P352)
時は昭和13年、満州での動静が日々のニュースになって久しいこの時期、さゆりは祇園通いを何よりの息抜きとする、海軍や陸軍の将校のお座敷をつとめることで、沈んだ気持ちを紛らしていた。

ある日、豆葉が岡田さんという、依然豆葉がいた置屋の女将で、今は収支をみてもらっているご婦人を連れてさゆりの置屋にやってきた。さゆりの借金がなくなったら、豆葉の取り分を倍にするという約束を果たしてもらうため、岡田さんはこの一年間でさゆりが稼ぎ出した莫大な金額を検番で確認していた。吝嗇な新田の女将は「そんな約束は覚えがない。一割増でどうか。」ととぼけたが、取決めの場にいたさゆりの証言から嘘がばれ、加えて岡田さんが、「さっきの一割増の話も果たしてほしい」と畳み掛けかけた。緊迫する空気の中、最終的な取決めは後日ということでお金の話は一段落した。

話がさゆりの旦那取りにおよぶと、女将は豆葉に対し、この件では口を挟まないでほしいと言い渡す。それでも豆葉は、現時点で延さんしか話がないことを確認すると、鳥取順之介という少将がさゆりを気に入っていると言い出す。

思いがけない展開に驚くさゆりと女将。鳥取少将とは何度もお座敷で会っていて、小柄ながら存在感のある人物だった。

 (☆)

December 9, 2010 (Chapter 24 P335 〜 Chapter 25 P345)
さゆりの水揚には彼女の前借を帳消しにしてお釣りのくる空前の高値が払われ、新田の女将との賭けは勝負あったものの豆葉は、清算するまで引き続き姉妓としてさゆりに肩入れし、ご贔屓筋、仲間芸妓への顔繋ぎや、お座敷外でのお客の物見遊山のお供にもつれだしました。気配り多いお座敷と違って観劇、海水浴などはさゆりにとって楽しい気分転換になりました。
折からの不況でお座敷の数も減ったうえ、たいていのお座敷は無粋な客と教養の無い芸妓との他愛ないお座敷遊びに終始し、さゆりには退屈で時間の浪費に思えるのでした。でも時には有名芸術家や歌舞伎俳優とのわくわくするお座敷もあり、また豆葉のような頭の回転の速い芸妓に付いて、機転の効く客あしらいも勉強できました。
色々経験をつんで小百合は18歳となり、舞妓から一人前の芸妓へ“襟替え”しました。新田の女将は金の卵を確実なものにするためにも、さゆりに旦那取りをすすめます。
其の候補が延さんと聞いてさゆりの心は乱れます。財力があって可愛がってくれる旦那が付くのは,不幸な生い立ちを背負って祇園で生きる女性にとって、これ以上結構な話はないのに、いい返事をせぬさゆりに,容貌に不足があるのかといぶかる女将、さゆりは容貌など問題ではない。日頃のご愛顧には本当に感謝しており、良いお人柄で尊敬しているが、まだ18歳で、もっと修行してよい芸妓になりたいと抵抗します。本心は、延を受け入れることによって、心に秘めた会長さんとの縁をはじめ色々の夢:可能性が断たれるのがあまりにも切無かったのですが、金が全ての女将にすれば断るなんて勿体無いと説教され、初桃からは延の容貌に絡めて意地悪く揶揄されます。
姉と慕う豆葉に相談しますが、意外にも彼女からも、高望みをするなと、自分の例を引いて金持ちの旦那を持つことは、祇園で生きる女性の順当なコースであり、延さんは可愛がってくれてるし、因縁で結ばれてる相手だろうと説得されます。確かに節目節目に延さんが居り、また、洋の東西を問はず、財力あるパトロンを持つことは女の幸せかもしれぬにせよ、「一人の女性として男性を愛することは出来ないのか。姉さんの場合はどうなのですか」と食い下がります。しかし「旦那との関係に色恋を混ぜてはあかん。嫉妬と憎しみで壊れたらお抱えの地位はすぐ崩れる」といなされ、「落ち込んでるときは、仕事が一番、はよう屋形に戻って出番の支度しなはれ。」とうながされます。さゆりはさらに質問したかったのですが、豆葉の気色にはそれを思いとどまらせるものがありました。

メモ:  一本立ちをして夢多いさゆり、現役で売れっ子の豆葉の割り切りと諦観、金だけが頼りの女将と、3通りの処世観。果たして祇園に生きる時間の長短だけがもたらすものか・・・。

(SY)

November 25, 2010 (Chapter 24 P316 〜 P335)
昭和10年7月、ついにさゆりの水揚げの日がきた。豆葉、女将、小母たちの立会いのもと、舞妓の正装に身をつつんださゆりは、一力茶屋で蟹の院長と盃を交わす。吉兆での二人きりの食事では、緊張のあまり何を食べたかもわからない。その後、南禅寺近くの立派な旅館の部屋で、ひとり院長を待っていると、これから起こることに対しての恐怖感が襲ってくる。

風呂からあがってきた院長は、白いタオルを布団の上に敷き、これに血を吸わせるという。驚いたさゆりに、カバンを開けて見せ、いままで自分が水揚げをしてきた舞妓たちの破瓜の血のコレクションから、さゆりの名前が張ってあるガラス瓶を取り出す。中に入っていた梅干のようなものは、豆葉の策略で脚を切って運び込まれたとき、手当てに使った脱脂綿だった。さゆりは嫌悪感を隠すのに精一杯だったが、蟹の院長はそのときにさゆりを水揚げする決心を固めたと告白する。

ついに院長が本懐をとげる時がきた。さゆりは意図的に院長との間に薄い壁があると思い込もうとしたが、やすりをあてがわれたような物理的な感触は如何ともしがたい。気を紛らわすため、水揚げのために院長が払った金額を心で唱えたり、院長がこの高額な金額に見合う満足感を得られることを願ったりした。

事が終わると、蟹の院長は新たなコレクションをガラス瓶に詰め、さゆりに礼を言って風呂場に消える。さゆりは安堵するとともに、さっきからの出来事がつまらない茶番劇のように思えてくる。こんなことで自分の将来が変えられたのか、と思うと笑いすら禁じえない。

その晩、院長は寝てしまうが、さゆりは豆葉の言いつけを守り一晩中起きていた。朝食の後、院長を見送る際、小さな箱を渡される。中に入っていたのは身ごもらない為の漢方薬だった。

水揚げ後、さゆりは世間が違って見えるという心情的な変化と、髪型や置屋での待遇といった目に見える変化を体験する。初桃の嫌がらせは一旦止み、食事の時間や着物の選択も優先権が与えられた。外では相変らず息が抜けなかったが、置屋では実母が病気になって以来、初めて気が休まる生活を送れるようになる。

今では蟹の院長はときたまどこかの座敷で見かける程度で、さゆりの人生からほぼ消えた。会長さんへの思いは変わりなかったが、お座敷をキャンセルされたことで、自分のことを気にかけてくれるのは延さんだけかもしれないとの思いが胸をよぎる。

コメント
本文に “Of all the important moments in the life of a geisha, mizuage certainly ranks as high as any.”とあるように、今回はさゆりにとっても本作にとっても大きな山場でした。
当時、水揚げ旦那の選択権は舞妓にはなかったのですが、今回は姉芸妓のお眼鏡にかなった相手が首尾よく相手になってくれました。にもかかわらず、その御仁、悪趣味なコレクションを見せて悦にいっているちょっと変わった人物でしたね。さゆりは健気にも、自分に払われた高額な対価に応じた商品たろうとする心構えで水揚げに臨みました。しかし、事が済んだ後のいままでにないシニカルな態度には、正直少々驚かされました。それが水揚げに対して抱いていた気持ちの反動だとしたら、元の不安や緊張の強さが思い遣れます。
さゆりの述懐に“Life in Gion is hardly relaxing for the women who make a living there.”とあります。華やかさと厳しさが表裏一体の祇園で生きる彼女たちにとって、甘えや感傷とは、大切な人のためだけにとっておく感情なのかもしれません。今回のことで、さゆりも本当の意味で彼女たちの一員になったということでしょうか。

 (☆)

November 11, 2010 (Chapter 23 P316 〜 Chapter 24 P326)
第23章続き
ルビーの件から間もなく、豆葉が置屋にやって来て、さゆりの水揚げが値段の競り合いになっていることを一力の女将から聞いたが、自分はしばらく東京に行く用事があり留守になると告げて帰った。
不安のうちに過ごすさゆりだが、置屋の女将に呼ばれて二階に行こうとすると、血相を変えたおカボが降りて来て、初桃を探しに飛び出して行くのとすれ違う。
女将がさゆりを呼びつけたのは、水揚げに備えてさゆりに医者の検査を受けさせるためだった。さゆりが間違いなく処女であると確認できて気を好くした女将は、おカボでなくさゆりを養女にして置屋を継がせると言い出す。お披露目直後は好調だったおカボの人気が伸び悩んでいることもあり、芸妓としての将来性はさゆりのほうがずっと大きいと見込んだのだ。
そこへ女将の心変わりをおカボから聞いた初桃が、現れ、女将を詰問するが、女将は最初からさゆりを養女にするつもりでいたと白を切り、これからはさゆりへの口のきき方にも気をつけるように等と言って初桃を激怒させる。
おカボに対してすまなく思うさゆりだったが、どうすることも出来なかった。

第24章
東京から帰って来た豆葉は、さゆりの水揚げの競り合いが思惑どおりに進んでいることを喜び、養女話などとっくに予想していた様子であった。
水揚げの競り合いは、蟹の院長と延さんの争いで始まったのだが、延さんが降りたあと、院長と男爵との間でさらに激化していた。
自分の旦那である男爵が、さゆりの水揚げの競り合いに加わるとは、さすがの豆葉にも想定外のことらしかったが、一力の女将は、蟹の院長に対しては、男爵のことは隠し、あくまでも対抗馬は延さんだと思わせていた。そのほうが、院長の闘争心を掻き立て、値段をつり上げる結果となるのを予測していたのだ。
結局、さゆりの水揚げの値は一万一千五百円という新記録になり、この記録は昭和26年まで破られなかった。もっとも、前借りを帳消しにして余った分は、さゆりが養女になれば、さゆり個人のものでなく置屋のものになり、女将がそれを計算しないはずはなかったのだ。
置屋との正式な縁組が行われ、海辺の家で坂本千代として育った娘は、前途洋洋の舞妓新田さゆりとなった。

<英語/日本語の表現>

◆ not just (all) talk はったりではない
"And I'm not just talking about this!" 「冗談やない。ほんまの話どっせ」

◆ get in one's way 邪魔になる、行く手を阻む
"... a certain annoying doctor keeps getting in my way." 「どこの馬の骨かわからん医者が、つまらん横槍を入れている」

(∀)

October 28, 2010 (Chapter 23 P313 〜 P316)
第23章続き
都をどりの最後の週、さゆりと豆葉が楽屋を出ると延さんが待っていた。彼は、さゆりに公演のご祝儀にと、小箱の入った袋を手渡して帰っていく。中に入っていたのは桃の種ほどの大きさのルビーだった。豆葉は、この出来事を屋形の女将にさゆりの真価を知らしめる絶好のチャンスととらえ、ルビーを女将にあげるように諭す。延さんに親しみを覚え始めていたさゆりだが、豆葉の言葉には従わざるを得ない。

さゆりの手から宝石を引ったくった女将は、送り主の名を聞くと驚きと困惑の色を隠せない。さゆりが延さんに贔屓されていることを確認すると、急に真面目な口ぶりになり好きな人はいるのかと問う。「いない」と答えるとそれ以上の質問はせず、さゆりを下がらせる。

 (☆)

October 14, 2010 (Chapter 22 P297 〜 Chapter 23 P313)
22章
男爵に言われたとおりあちこちと歩き回りながら会長さんを探して半分諦めて居た時、たまたま客と別れの挨拶に出てこられた会長さんに出会った。
会長さんが男爵へのお土産に持ってこられた骨董の化粧箱を見せてもらい、一緒に男爵のところへ行った。男爵はさゆりにやるものがあるから皆が帰るまで居るようにと言い、会長は充分注意するように行って帰って行った。
さゆりが玄関で待っていると待たせていたのを忘れていたと言って風呂上りらしい男爵が浴衣一枚で出てきた。さゆりが品物を取りに中に入らないと言うので男爵が自ら取ってきたのは、徳川慶喜の姪の為に織られたと言う着物だった。奥へ行って着てみろと言う男爵の言葉を断わりきれず、ずらりと鏡の並んだ男爵の化粧の間につれてゆかれ「けしからん振る舞いに及んだりせん」と言う男爵に巧みに帯を解かれ長襦袢だけにされた。長襦袢の前を開いて肌を露に晒ししげしげと鏡に映る裸身を見られた。男爵は着付けを手伝い宿まで車で送ってくれた。一丁田さんは「脱がされて鏡で見られた以上はなかったんだな」言っただけだった。

23章
京都へ帰ってくると都をどりのポスターが町のあちこちに張られており、その中の舞妓が内田画伯の描いたさゆりだった。2週間後に都をどりが幕をあけ初日には会長さんと延さんが来てくれた。さゆりは総踊と別踊に忙しかったが合間に豆葉の名舞を見て励みにした。

(KO)

September 30, 2010 (Chapter 21 P288 〜 Chapter 22 P297)
 さゆりは、院長に治療してもらった傷のことで、気の利いたことを言おうとしたが、途中で会話に加わった男爵のきわどい問いの答えに窮してしまった。しかし、延さんが機転を働かせ、手洗いに立つと言うので、さゆりも案内に立ち、その場を逃れることが出来た。

 長廊下には、ガラスの天板をつけた陳列台が並び、延さんは、その中のひとつ、昔の日本刀が飾ってある台の前で足を止め、憤懣やる方無い様子で、片方しか無い手の指でガラスを打ち当てていた。さゆりは、助けられた礼をどう言ったら良いか考えながら、骨董が好きかと、尋ねてみた。延さんは、男爵のような骨董と言う意味なら、嫌いだ。と答え、更に、こういう刀や根付けを見ていると、男爵を思い出すが、会社が男爵の世話になっているので、自分も頭が上がらない。思い出さなくて良い時まで思い出すのは、腹が立つ。と答えた。

 池の方に戻ると、宴会はお開きになりかけていて、夕食まで残るのは、わずかな人数だった。お帰りになるお客様を豆葉とさゆりが表門までお見送りした。最後の客を送り出すと、男爵家の使用人が来ていて、また邸内に案内された。

 それから一時間ほどは、使用人部屋で鯛の薄造りなどの夕食を振る舞われた。
 その後男爵が「小さい広間」と呼ぶ部屋へ行くと男爵の他には、嵐野さん、延さんと院長の三人だけで食事をしていた。 院長を手洗いに案内して戻ると、豆葉が盛り上げた様子で、話しも弾んでいた。
 やがて、話題は着物のことになり、地下の宝蔵に降りて行った。壁の開き戸には、着物を吊して動かせるようになっていて、豆葉が着物のの説明をしていった。中でも、神戸の風景を図柄にした着物が、素晴らしいと皆の評価が一致した。
 すると、男爵が豆葉に、来週の箱根の宴会でその着物を着れば良いと言うと、豆葉は、今年は都合が悪いと言う。男爵は、傍目にも分かるほど不機嫌になり、豆葉が医者へ行く日だと答えると、男爵は、中絶でもするのかと決めつけて、その場は、長い沈黙が続き、気詰まりなものになった。その場に居た者は、皆黙って立っていると、男爵は仕方が無いので、罰として、豆葉の代わりにさゆりを寄こせと言うのだった。さゆりは、会長も来ると聞いて、豪邸の庭を会長さんと歩けるのなら、すてきな話しだと思えたが、豆葉は、水揚げ前の舞い妓に誰かが口をつけたと言う噂でもたったら、誰も興味を持たなくなるから、気をつけるようにと言う。

第22章
 さゆりは、箱根がどこにあるのかも知らなかったが、京都から遠く離れた関東にあるということを教えられ、自分も偉くなったものだと、気を良くしていた。二等の客室に、一丁田さんという豆葉の男衆と一緒に乗った時には、興奮を隠し切れない思いだった。
 静岡で乗り換えの列車を待つ間、姉と故郷を後にした時のことが思い出されて来た。しかし、がむしゃらに祇園で暮らしている間に、徐々に悲しみの窓の開き方が小さくなったように感じられるのだった。

 翌朝、男爵家の迎えの車で、湖畔の森にある夏の別荘に向かった。
数人の男性を伴って、森の中から悠然と歩いてきた男爵は、さゆりのような目をした妓は、二度と出ないだろうから、皆に見せるために呼んだのだから、屋敷中くまなく歩くようにと言う。

 (AKI)

September 9, 2010 (Chapter 20 P278 〜 Chapter 21 P288)
祇園では水揚げが近づくと舞妓がえくぼと呼ばれる餅菓子の入った菓子折を配るならわしだった。
「水揚げ旦那」同士が競りあい水揚げ料を引き上げるには延さんと蟹の院長二人になんとしてもえくぼを渡さなくてはならない。
延さんには一力のお座敷ですんなりと受け取ってもらった。
やっかいなのは蟹の院長だった。豆葉は院長が顔を出しているというお茶屋を探しだし、さゆりとふたり出向き頭を下げ菓子折を差し出すが、初桃にさゆりと若い男衆の噂を吹き込まれている院長は案の定素っ気ない態度で座を去ろうとする。
院長がさゆりの噂を持ち出したのを機に豆葉は、初桃の口から出任せは祇園中に知れていることだ。さゆりが都踊りでいい役をもらったので足を引っ張ろうとでたらめを言ったのだと明かす。自分と初桃のどちらを信用するかは先生次第だというと、院長は勤務医の一人にさゆりを検査させようかと持ち出す。しかし豆葉は水揚げを引き受けてくれるかどうか決まっていないのにそれには応じられないときっぱりと断る。
院長はついに折れ、さゆりの差し出したえくぼを受け取った。
それからまもなく、豆葉が院長に言った都踊りの役が相手の怪我で思いがけずさゆりにまわってきて言ったとおりになった時、豆葉は時節到来と落ち着き払っていた。

第21章
着物の収集で知られている男爵、すなわち豆葉の旦那が友禅の作家を招いて宴会を催すという。豆葉は作家と延さんが仲がいいと聞きつけ、延さんと院長先生をその会に招くよう男爵に頼む。
贅を凝らしたお庭で船遊びに興じたあと、お酒の席となり、さゆりは院長と隣り合わせる。すると意外にも院長から話しかけてきた。


◆◆◆(コメント)
豆葉の活躍ぶりが目立った今週です。男爵をどのように言いくるめたのか、また屋形船ではお茶席の用意がされ、豆葉がお手前を披露します。豆葉がさゆりに院長と延さんとどちらにもいい顔をするようにと言い含めるあたりもさすがです。

 (い)

August 26, 2010 (Chapter 19 P267 〜 Chapter 20 P278)
19章 

初桃はさゆりのささいな失態から豆葉の計画を察知し、豆葉とさゆりが呼ばれている蟹の先生のお座敷に先回りする。二人が初桃とおカボと入れ違いに座敷にあがると、先生は明らかに気分を害しており、さっさと帰ってしまう。豆葉は驚き、さゆりに「初桃に何をしゃべったのか」と詰問する。心当たりのないさゆりは、後でおカボに尋ねることを約束した後、自分だけが知らないように思える企みの内容を教えてくれるよう頼む。

豆葉はしばらく逡巡した後、まず男女の営みと「水揚げ」について”eel”と”cave”の比喩を用いて説明する。そして初桃の邪魔立てによって売れっ妓への道が遠のいた今、置屋への借金返済のための起死回生の策として「水揚げ旦那」の権利を蟹の先生と延さんに競わせて、水揚げ代の吊り上げるという計画を明かす。

20章 
その夜さゆりは、初桃の言いつけで屋台にうどんを買いに出たおカボの後を追う。「初桃が何を言ったかに自分の一生がかかっている」と頼むと、おカボは自分も初桃の根性の悪さには日々辛い思いをしていると涙をこぼす。そして初桃が、さゆりにはもう情を通じた恋人がいるという作り話を蟹の先生に吹き込んでいたとおしえる。

さゆりは何度も礼を言い、初桃にこき使われるおカボを慰める。しかし、「先日女将さんから養女にすると言われた」と打ち明けられと、おカボのために喜びながらも、自分が養女になることが豆葉の当初の計画だったことを思い出して複雑な気持ちになる。

豆葉は、初桃にしてやられたと悔しがるが、養女の話が整うまでには後2,3ヶ月はかかると推測し、水揚げの準備に取りかかる。


◆◆◆(コメント)
15才のさゆりが初めての性教育を姉芸者から受けるという、花街が舞台の本作ならではの内容でした。初桃を見ていれば、男女の仲に何か秘め事があることはおぼろげにでもわかっていたでしょうが、eel(うなぎ)とcave(ほろ穴)の例え話にはconfusedするばかりだった、とあります。「eelは気に入ったcaveが見つかるともぐりこむ」とか、「eelは縄張り意識が強いので、誰も住んだことのないcaveを好む」とか、豆葉もかって姉芸者から同じ話を聞かされたということですが、けっこうdirectかつpracticalなlectureですね(笑)。さゆりが面食らうのもうなずけます。

今回、初めて出てきた「水揚げ」というのは、当時(昭和10年)まだ存在していた、一人前の芸妓になるための一種の通過儀礼で、舞妓が初めて男性と枕をともにする儀式のことです。また「水揚げ」した相手が必ずしも継続的な「旦那」になるとは限らず、蟹の先生のようにその豊かな財力と経験に物を言わせた水揚げ専門の旦那(水揚げ旦那)がいました。
この先生、さゆりの姉芸者の豆葉を水揚げした際には、今の金額にして1千万円を軽く上回る祇園の新記録を作りました。成る程これくらいの大金が動くのなら、借金に縛られた身の上から抜け出すために、さゆりと豆葉が必死になるのも理解できます。勿論、今の舞妓さん芸妓さんは、貧しい家庭から身売りされたさゆりと違って、自分の意思で職業として選択しているので、金銭的な縛りはなく、「水揚げ」という儀式そのものが最早存在しないということです。

 (☆)

July 8 & 22, 2010 (Chapter 18 P251 〜 Chapter 19 P267)
どんな手を使ってでも男はんの気をそそるのも、芸子の芸の内です。 わざわざ自分の柔肌に血生の傷をつけてまでも、その狙った獲物を射止めというもの。 お披露目間もない芸子が方々でお茶に呼ばれ、排尿の欲求が高じ、我慢できんようになって、着物をとくのに手間どってしまい、よろけた挙句に何か鋭利なものに刺さってしまっとのこと。そこまでしてでも若い無垢な柔肌をこの猫背で横歩きをしているような蟹の先生にお披露目するのも豆葉の1つの作戦だったのです。I will be there…let me see…two evenings from now. I do hope to see you. 蟹先生の言葉に・・・作戦は成功です。豆葉は蟹の院長とは 志ら江というお茶屋さんに呼んでくれるように約束しました。 なぜ一力でなく 志ら江という あまり賑わっていないお茶屋を指定したのかも、これも豆葉の初桃の邪魔が入るのを防ぐ作戦の1つなのです。 

祇園に帰る前にもう一人、男はんを押さえておかなくてはと、内田小三郎という画家のアトリエです。 そこでも豆葉はあくまでもさりげなく、さりげなくと"さゆり"の魅力を売り込みます。 荒れ果てたアトリエにあまり客人が来たことがよろしくない不機嫌な内田も、最後には夕焼けの中でたたずむ着物姿のさゆりに打たれ、凍りついたように目を見張り、その美しさを後に名品とされる一枚の墨絵に仕立てたとされます。

蟋蟀(こおろぎ)がやっと虫籠から逃げ出したような心境になって祇園での居場所を少しづつ確立してきたさゆりです。
暫く音沙汰がなかったものの、ある日岩村電器から一力亭にお声がかかりました。その後も何度となく呼ばれるようになりました。会長さんそして、延さんとどのように自分の気持ちを整理しながら近づいていったらよいのか自問自答・当惑するさゆりです。 そこに初桃が現れ、面白がるようにこの小娘の動向をもて遊ぶのです。またその小娘を射止めようとする延さんの動向までも面白がっているのです。 延さんから花簪のプレゼントも。

延さんと蟹の院長、内田先生 ― これらの男はんを豆葉はどの様に仕掛けていくのでしょうか。 まだまだいろいろな作戦が展開されるようです。

(sa)

June 24, 2010 (Chapter 17 P239 〜 Chapter 18 P250)
 「さゆりが延さんを好きになったと思わせられたら、初桃は、もうさゆりに手出しをしなくなるだろう。」という豆葉の言葉にきょとんとしていると、延さんから相撲の話しを詳しく聞いて、さゆりが延さんを好きになったと言うことにすれば、豆葉もさゆりを祇園から追い出そうとはしなくなるだろう、と言うのだ。
 しかし、さゆりは、惚れたように思わせると言っても、どうすれば良いのか分からず、延さんが会長のつもりで居れば良い、と思って、延さんの相手をしているうちに、どこか静かなお座敷で会長と一緒に居るような錯覚を覚え、思わず延さんに場違いな言葉を言ってしまった。延さんの返事にどぎまぎしながら、涙ぐんで見せてその場を取り繕ろうとしていると、ちょうど宮城山が再入場して客席が沸き、関心は相撲に移り、延さんは熱心に取り組みを解説してくれた。

 祇園へ戻る俥で、豆葉はさっきの相撲のお陰で名案を思いついたという。そして、今は教えられないが、延さんに嫌われないようにしておくようにと言うのだった。

<18章>
 会長さんの正体を知ったさゆりは、読み捨てられた雑誌を見つけると、岩村堅の記事を探して読み、彼について詳しく知るようになった。岩村電器は、白川のほとりで会長さんに会った頃に創立二十周年を祝っており、さゆりは、不思議な偶然だと驚くのだった。その頃は、白髪混じりではあったものの、まだ四十そこそこで、会長さんと延さんの名コンビは、かなり有名で時代を先取りした会社だと言う評判だった。

 会長さんは、17歳で大阪の小さな電気会社で働き始め、まもなく、配線工事の現場監督になった。電灯の需要が家庭でも会社でも高くなって来ていたので、会長さんは、二股のソケットを発明したが、会社では相手にされなかったため、二十二歳で独立した。しばらくは、軌道に乗らずに苦労したが、ある基地の配線工事を請け負ったことがきっかけになり、延さんと出会い、翌年彼を誘い、その後は、会長さんが経営構想を練り、延さんが実際の業務に当たるという役割分担が功を奏し、今では、会長さんも延さんの力量を認める程になっていた。

 しばらくして、豆葉から呼び出しがあり、出かけると、金地の草原に落葉を敷き詰めたような、緋色と黄色の秋らしい着物が用意されていた。しかも驚いたことに、その着物の尻の下あたりに指が二本通せるような裂け目があった。さゆりは、以前着物を台無しにしてしまったことがあり、また自分のせいだと思われはしないかと慌てたが、女中のたつ美は、心得た様子で、昨年ある舞妓が釘にひっかけたために破れたのだという。
 豆葉が戻って言うには、これから行くのが、さゆりにとって大事な二人の男の内もう一人で、そのことは、初桃には絶対に言ってはならないと言う。
 それを聞いて、うれしそうな顔をしようと思うが、信さんが旦那になるかもしれないと考えると、さゆりはそれが会長だったらどんなに嬉しいかと嘆くのだった。しかし、豆葉から延さんが旦那になってくれるというだけでも、出たばかりのさゆりにとっては、身に余る光栄であって、むしろ、立派な人が旦那になっても良い、と言って貰える様に、精進しなくてはならないと諭されて、延さんほどの人物に好かれたら上々、というなら会長さんには届くはずも無いと知り、落ち込むのだった。

 いそいで、支度をして豆葉が自前になるまで暮らした置屋に行き、そこで待っていた加寿子という女中が、先生は4時に帰るが、もう3時半なので急がなくては、と言う。二階に上がると、そこには、若い女が三人と飯炊き女中が狭い踊り場で待っていた。飯炊き女中が、手に包丁を持ってさゆりに近づき、どこを切るかを豆葉や女中たちと相談を始めた。豆葉が着物の裂け目と全く見当違いの場所に傷をつけては、おかしいので、着物にあいた穴から口紅を通して、印をつけ、その場所に切り傷をつけた。
 血を見たさゆりは、気が遠くなって、わけがわからないまま、俥で運ばれて行った。病院が近づくと豆葉は、さゆりの顔を揺すって気付かせようとして言った。これまで他の芸妓さんや舞妓さんを大事にするように、引き立ててくれるのは先輩で、男はんは気にしなくて良いと何度も言われたことは、忘れて、これから、さゆりの将来がかかっている二人の男はんのうちの一人に会うのだから、その人に良く思われなくてはならないと、叱咤するのだった。


◆◆◆
さゆりにとって大事な二人の内、もう一人の男とは、医者だった。その出会いを演出するために、傷を付けて、病院に駆け込むと言うのも、乱暴な話しだが、そこまでしてでも有力な旦那の後ろ盾を得ると言うことは、舞妓にとって、重要なことだったのだろう。

 (AKI)

June 10, 2010 (Chapter 16 P227 〜 Chapter 17 P239)
会場に着いたさゆりは初桃の友人である小りんとすれ違う。顔にひどい火傷の跡がある男性が升席から豆葉に手を振っている。その男性が延さんであることは一目瞭然だった。もう一人は後姿しか見えないが、どこか懐かしさを感じる。初めは自分と姉を故郷から何も言わず連れ出した田中さんかと思ったが、振り向いた顔を見て息をのむ。岩村電器の創業者、岩村堅は、さゆりがずっと慕い続けてきた会長さんその人だった。

豆葉が新しい妹として紹介してくれても、さゆりは緊張のあまり会長さんの顔をまともに見ることができない。2年前に河畔で会ったお方が、14歳のさゆりですら耳にしたことのある著名な財界人だったという偶然に驚くばかりだった。ふと隣にいる延さんの背広の袖の片方が空であることに気づく。後に知ったことだが、その怪我は、海軍中尉だった延さんが日韓併合の頃のソウルで、上官を庇って負った名誉の負傷だった。

相撲は初めてかという会長さんの質問に、さゆりはルール解説を頼むが、相撲通の延さんがその役を買って出た。延さんはさゆりの目を見て感嘆し、豆葉に、今にお前より美人なるから覚悟しておけと冗談を言う。

取り組みが始まって一時間もたった頃、さゆりはさっきまで小りんがいた席に初桃が座っていることに気づく。神出鬼没な初桃に衝撃を受け、豆葉とともに一旦会場の外に出る。

豆葉は、よりによって会長さんの前で恥をかかされたくないというさゆりの訴えに、自ら笑いものになればかえって放って置かれるかもしれないと提言する。戸惑うさゆりに対し、初桃はいつも延さんを「トカゲの旦那反」と揶揄しているので、その延さんをさゆりが好きになったと思わせればもう手出しはしてこないだろうと語る。

(コメント)

本作半ばにして、ついにさゆりが心の拠り所であった会長さんと再会しました。そのシーンのさゆりの心情です。
”Suddenly everything around me seemed to grow quiet, as if he were the wind that blew and I were just a cloud carried upon it.” (突然、あたりが静まり返ったような気がしました。その人が風になって、私は吹かれて動く雲であるような。) 
いつの時代も恋は人を詩人にしますね〜 また会長の右腕である延さんも登場します。彼は脇役ながらなかなかの人物で、映画ではあの役所広司が演じています。豆葉は延さんを評して、

”Heaven knows Nobu can be harsh with people he doesn’t like, but he’s as loyal to his friends as a retainer is to a feudal lord; and you’ll never meet a more trustworthy man.”
(Heaven knows:確かに  loyal: 忠誠な  retainer:家臣、家来  feudal lord:領主、大名)

とかなりの信頼をよせています。となると初桃に対する陽動作戦は、延さんの男気と懐の深さを見込んでのことかもしれません。しかし、翻弄される延さんの純情や、さゆりの会長さんへの想いはどうなってしまうのでしょう。豆葉の思惑が今後どう展開していくか見ものです。 

 (☆)

May 27, 2010 (Chapter 15 P217 〜 Chapter 16 P227)
さゆりは緊張のあまり男爵の前でささいな失態を演じ、自己嫌悪に陥る。
ある日、豆葉から同じ置屋にいるおカボが祇園で月間売り上げ一位を記録したことを聞く。仲良しの成功を喜びながらも、八方ふさがりな自分の状況を思うと複雑な気分になる一方で、おカボが圧倒的な人気を誇る蕾葉(らいは)を抜いたことが解せない。

豆葉によると、初桃は祇園の不文律を破り、妹分のおカボを連日座敷から座敷へと連れ回し、顔出し程度の滞在で花代を荒稼ぎした結果だという。そのせいで悪評に見舞われる可能性があるのを知りながらも、初桃がなりふり構わず汚い手に出たのは、おカボを置屋の養女にさせて自分の身分を安泰にするためと豆葉は見ていた。

ある日、初桃が決して見つけられない場所にさゆりを連れて行くという、豆葉の約束が実行される日がくる。豆葉はいつもにも増して美しい着物と帯を用意してくれていた。

二人が俥で向かったのは京都大学内の公会堂で行われる相撲の興行だった。招待してくれたのは大阪の岩村電器の創業者、岩村堅。さゆりは、同席する現社長の延(のぶ)俊和は外見が人と違うので心得ておくように言いつかる。


(コメント)
今回は芸妓さんを座敷によぶと実際にいくらかかるか具体的な記述がありました。興味深いので一部抜粋します。

“In the old days, a hundred years or more ago, every time a geisha arrived at a party to entertain, the mistress of the teahouse lit a stick of one-hour incense ? called one ohana, or “flower.” The geisha’s fees were based on how many sticks of incense had burned by the time she left. The cost of one ohana has always been fixed by the Gion Registry Office. While I was an apprentice, it was \3, which was about the cost of two bottles of liquor, perhaps.”

「その昔は──もう百年からの昔ですが、芸者がお座敷へ出ますと、お茶屋の女将さんがお線香を一本つけたそうです。一時間燃えるようになっていまして、これでお花が一本ということになります。ですから、芸者が帰るまでに燃えた本数で、お花が何本と決まっていたのですね。お花の値段については検番で定める額がありまして、私が舞子の時分には、一本が三円でした。だいたい日本酒が二升買えたでしょう。」小川高義訳

当時(昭和9〜10年)の3円を今の物価水準にすると約5,400円。つまりさゆりやおカボのような舞妓の時給は約5,400円ということになります。また、売れっ妓芸者の初桃は「十五分で一本のお花」で21,600円。さゆりの姉芸妓の豆葉は「五分で一本」ということですので時給64,800円というかなりの高給取りですね。
ちなみに現在の花代を調べたのですが、さゆりの時代と同じく茶屋さんや芸者さんによってまちまちなようで、1時間8,000~20,000円と相場として挙げられている数字にもけっこうな幅がありました。

小説の中で度々描写される着物や帯の色が魅力的です。またその和訳が美しくいっそう想像力を駆りたてられます。例えば錆朱色(orange)、青灰色(slate blue)、朽葉色(russet)、薄墨色(soft gray)などなど。読み方に困るものもありますが、漢字を見ると微妙な色合いが目の前に浮かんできます。翻訳者の力ですね。

 (☆)

May 13, 2010 (Chapter 15 P209 〜 P217)
下品な話題でさゆりを貶めようとしたもくろみは、逆に返り討ちにあうような結果となった。腹の虫が収まらない初桃は、その日、何時になく早く置屋に戻ると”人前で恥をかかせた”とさゆりの頬を張った。

それからというもの豆葉とさゆりのお座敷に’しつこく追ってくる犬’のように初桃は 姿を現した。そのうち豆葉も単なる偶然とは思えず、ついに、一流どころの御茶屋には、一軒に一人くらい初桃の息のかかった仲居がいて、置屋の陽子を通じて初桃へ情報が伝わっていることを知るのだった。その後、初桃による風評被害も恐れ、二人はしばらくお座敷周りを止めることにした。
せっかく店だしをしたさゆりだったが、置屋にこもってお稽古三昧のくすぶった日が続いた。しかし、時折、豆葉について祇園以外の仕事で神戸や京都へ赴くこともあった。不況下での庶民の暮らしを目のあたりにして、初桃に意地悪された程度の自分はまだ恵まれていると、感じるのだった。

ある日さゆりは豆葉の家へ来るように言われた。豆葉の旦那である松永恒義が京都に来ているので、ご挨拶するようにとのことだった。
松永家は大銀行を一族で動かし、金融界で絶大な権力を振るっていた。元々、兄が爵位を継承し、大蔵大臣も勤めたが後に暗殺されてしまったので、爵位と財産をそっくり恒義が相続したのだった。豆葉の他にも赤坂に芸者を囲っていたことからも相当な資産家であることが想像される。
男爵、松永との対面に緊張するさゆりだが・・・。

(コメント)

爵位について
明治17年の「華族令」で、家柄などをもとに定められました。
爵位(しゃくい)は上から、公候伯子男(こう・こう・はく・し・だん)の5等級に分かれます。
  • 公爵・・・親王諸王より臣位に列せられた者、旧摂家、徳川宗家、国家に偉勲ある者
  • 侯爵・・・旧清華家、徳川旧三家、旧大藩(現高15万石以上)知事、旧琉球藩王、国家に勲功ある者
  • 伯爵・・・大納言まで宣任の例多き旧堂上、徳川旧三卿、旧中藩(現高5万石以上)知事、国家に勲功ある者
  • 子爵・・・維新前に家を起した旧堂上、旧小藩(現高5万石未満)知事、国家に勲功ある者
  • 男爵・・・維新後華族に列せられた者、国家に勲功ある者
Baron Matsunaga 5番目の爵位だったのでしょうか。

 (TS)

April 22, 2010 (Chapter 14 P198 〜 Chapter 15 P209)
さゆりの初めてのお座敷は、関西国際ホテルで開かれた大きな会社の宴会だった。舞妓の披露目をしたばかりのさゆりには、挨拶以上の出番はなく、さゆりは豆葉の舞に陶然と見入っていた。
その後豆葉に連れていかれたお茶屋での「内輪のお座敷」は、先の宴会とは全く違って、なじみ客と芸者たちが際どい話でおおいに盛り上がっており、豆葉も平然と自分自身を話題の中心にして座を沸かせた。さゆりは、故郷の鎧戸で子供たちが集まってしていたような馬鹿話を、なぜ地位も名誉もある男性たちが高い金を払ってこんな所で喜んでいるのだろうかと不思議に思う。
ここでは、さゆりに目を留めてくれた客もいた。フケ症のため「吹雪さん」と呼ばれている客で、さゆりの年齢を聞き「大人びた十四やな」と言い、さゆりを気に入ったようだった。
ところがそこに突然、おカボを連れた初桃が現れる。初桃は客の面前で、さゆりを下品に貶めるような話をして恥をかかせようとするが、さゆりは最前「吹雪さん」に言われた「大人びた十四」という言葉をタイミング良く引用し、うまく場をまとめる。
豆葉は、自分と同様、当意即妙に座敷の雰囲気を盛り上げることの出来るさゆりの才能を確認し、今後予想される初桃との闘いでの大勝利の予感に、満足の微笑みを浮かべるのだった。

◆「舞妓」の訳語としては、apprentice のほか、novice も使われています。novice は、見習いの修道女をさす語だと思っていましたので、イメージのギャップを感じましたが、辞書を見ると普通に「初心者・経験の浅い者」という意味もあるようです。

◆「内輪のお座敷」で、豆葉が自分のことを "prim"(お上品)と言われて否定する場面がありますが、コウビルドの辞書によると、primは、neat, tidy, sensible というような良い意味もある一方、"behave too correctly and are too easily shocked by anything rude or improper"という、disapprove的意味が主流のようで、豆葉の解釈もこの意味だろうと思います。

◆「スイートレリッシュ」「メキシカンレリッシュ」など、「ちょっとした御馳走」のような感じで日本語の中にも入ってきている relish ですが、もともとの訳語は「味わい、風味、薬味、好み、面白み」などです。コウビルドの辞書では "get a lot of enjoyment from" "looking forward to the idea, thought, or prospect of something very much" となっています。豆葉が、初桃をやっつけるという「先の楽しみ」を舌なめずりしつつ考えている場面にはぴったりの表現だと思いました。

 (∀) 

April 8, 2010 (Chapter 14 P189 〜 P198)
いよいよ千代が舞妓になる日が来た。舞妓になる為にやらねばならない事が一杯あり、先ずは髪結、すごい力でごしごし頭を洗い、次に首が痛くなるほど引っ張って柘植の櫛で梳き、椿油をつけ固い鬢付油をすり込んで「割れしのぶ」が出来て行く。おまけに豆葉の行きつけの店は非常に込んでいて何時間も待たねばならない。そしてこの髪を崩さないように高枕で頭をずらさないように寝る訓練が要る。舞妓のシンボルの振袖とだらりの帯もその重いこと。
豆葉との姉妹の固めの儀式、3・3・9度の盃は一力で行われた。時間は10分ばかりで終わった。これで名前も千代からさゆりに変わった。さゆりと言う名前は豆葉がじっくりと易者と相談して決めたものだ。
儀式が終わると早速豆葉がよくお座敷を務めるお茶屋15,6軒と豆葉と縁のある何軒かの置屋に挨拶に回ることになった。
出かける前に豆葉はさゆりに男の客或いはお茶屋のお女将さんに酒或いはお茶を注ぐ要領を、男の客にはちらりと腕を見せて色気を出し、お女将さんには腕を見せてはならず品良くなど教示した。

健康美の対極で豪華絢爛の美を見せる舞妓は、本人にとっては大変な重労働だろう。また酒や茶一つつぐにも芸妓としての技があるだろう。しかしこの類の記述に外国人が興味を持つのかなと思った。

(KO)

March 25, 2010 (Chapter 12 P173〜 Chapter 13 P188)
豆葉は、日本でも3本の指に入るほどの名妓であった。外国人向けのポスターのモデルにもなり、世界中にそのポスターが貼られ、著名な海外からの賓客にお酌をしたり、歌舞伎座で舞の会を開き名声は高まって居た。
豆葉は、芸の中でも、舞が最も重要であり、えらい芸妓さんは、舞の達者な人ばかりなので、舞の稽古に精を出すようにと言う。祇園の舞は、能に起源があり、先斗町の踊りは、歌舞伎に由来するので、祇園舞の方が上等と思っていた。

千代は、特に舞の素質に恵まれていた訳ではなかったが、会長さんに出会った春から芸者になって身を立てたいという気持ちでいたので、やり抜くと言う強い気持ちで、豆葉がくれたきっかけを無駄にしてはならないと思いつめていた。しかし、お稽古に雑用にと押しつぶされそうだったが、強い気持ちだけは持ち続けた。
お稽古の中でも、舞が難しく、小手先の細工になってしまい、極意を会得できずにいた。
ある日、小母が読んでいた本にお茶をこぼして、叱られて落ち込んでいたら、どこかに居るはずの姉や、無くなった両親を思い出して、体が重く感じられるのだった。おカボと寝起きしている2階の部屋に行くと、その朝習った舞の所作が自然に出た。それは、すうっと胸の前へ腕をかざす舞の振りで、畳に倒れて泣くよりも、悲しみのこもった動きに思えた。この日千代は、体に重みを感じれば、悠然と動けることを知った。そしてその舞の所作によって、会長さんと心を通わせているような気持ちにもなれたのだった。

千代の修行が始まって2年あまりの春、おカボは、初美代という名で御披露目されたことを、豆葉に早く話したかったが、この時期は豆葉は多忙で、半年ほど顔を合わせていなかった。やっと呼び出されて、尋ねて行くと、千代のあまりの変わり様に、豆葉は驚いた。しばらく会わないうちに、千代は自分で気付く以上に変わっていたのだった。
千代が豆葉の絹の着物を着て、緑の帯を締め、豆葉と並んで往来を歩くと、行き交う人は、豆葉に挨拶すると同様に、千代にも軽く会釈するのだった。
千代は、豆葉に道で行きかう人に挨拶する時も、相手によっては、止まってお辞儀しなくても、歩調を落とせば丁寧になると教わり、練習した。
この日、おカボの店出しのことを話したが、豆葉は一向に千代にはそんなことには触れずに、用も無いのに、あちらこちあと連れ歩き、そうこうしているうちに、春が過ぎ、夏も過ぎていった。ある日、千代は、豆葉は、あえて店出しを遅らせて、その間祇園のあちらこちらに用も無いのに連れ歩き、少しでも多く人の目に触れさせようとしているのだということに、思い当たった。いつの間にか、豆葉と連れだっている珍しい目の色の娘は誰かと評判になっていた。してよく晴れた10月の午後、八掛さんに良い日を見てもらい、来月3日が店出しのとついに決まった。
そしてこの日、豆葉は視線で通りすがりの相手の気を惹いて見せ、千代の独特の目ならもっと効果的だと言い、視線の配り方次第で相手の心を引き付けることもできると、何度も練習させるのだった。

その夜、千代はずっと望んでいたことが叶うと思うと眠れなかった。
千代は、まだ14歳だったが、少し前に一度目の人生が終わって、今二度目が始まろうとしている心地だった。
郷里の悲報を知ってから4年ほど経っていたが、あの頃の心情と比べると、雪に覆い尽くされた冬景色が、春を迎えたような変わり様だった。千代の心の庭には、かくありたいという芸者の姿が立っていた。

 (AKI)

March 11, 2010 (Chapter 12 P163 〜 P173)
いよいよ、京都の祇園の艶やかでそしてどろどろした計画が実行に移される時が着ました。豆葉姐さんの手腕発揮です。まずはその主役を演ずる千代をわが陣に引き入れる場面から第12章は始まります。 芸妓としての道を閉ざされた千代にとって、また新たに芸妓として華やかに人前にお披露目をするまでの訓練が始まりました。お茶の飲み方ひとつにとっても、今までとは違う、豆葉姐さんの妹芸妓としてのしつけ、そして人とのかかわり方、交わし方まで細かくプロの女性としての修行が始まりました。

この章では、私たち読者にとっても祇園の世界がどのように作られているのかを学ぶ章なのです。目の前で日ごろの憂さを癒してくれるあの美しい女性たちが、お座敷に上るまでの道は真に、仕込みです。三味線、小鼓、大鼓、茶道,華道、そしてとにもかくにも舞です。 修行をさせてもらうわけですから、常に置屋の雑用もあります。 若さとはいえ、一日3〜5時間の睡眠だけの生活がいったい何年続くのでしょうか。

この世界での旦那の意味。A geisha who refers to her danna isn't talking about a husband. Geisha never marry. Or at least those who do no longer continue as geisha. ここでの旦那はごひいきの芸妓の一切合財を面倒見るというお方です。本当にこのような方がいまどきたくさんいらっしゃるのでしょうか。いらっしゃらなければこの祇園のような花柳界も衰退の域をたどらなければなりません。私たち女性がおしゃべりの中で使う"うちの旦那がね〜"の響きには、この作品に描かれている"旦那"とは かなり違った角度で使われる代名詞のようにも思いますが・・・。 がんばってほしいです。   

(sa)

February 25, 2010 (Chapter 11 P150 〜 Chapter 12 P163)
祇園では若い娘が舞妓として店出しするまえに、先輩芸者と姉妹関係を結ぶのが必須条件。姉芸妓の指導よろしきを得て売れっ子になれば、お客が彼女に入れあげるお金は置屋、御茶屋、指導役の姉芸妓の応分の取り分となり又舞妓本人の借入金充当のほか、鬘屋、髪結い、菓子屋にいたる祇園で生活する色々の直接間接の関係者を潤すことになるのです。当初千代を置屋に引き取った時、女将さんは初桃を千代の姉芸妓へと目論んだのかもしれませんが、初桃はライバル視して指導よりもイジメを仕掛けるばかり。たまりかねた千代の祇園脱出計画も失敗し、要注意のレッテルを貼られ、芸妓修行の学校もやめさせられ、下女働きにおいこまれ2年が経ちます。一生女中生活から抜け出せないのかと一人嘆いていた千代を、何とあの豆葉が妹にしたいと、申し込んできたのです。しかも巨額の前借金も二十歳までに返済させてみせるという、新田の女将割目のご託宣。それを聞いて初桃は、自分への面当てが根底にあると見て取り、千代へ手間、ひまかけるより、おかぼを訓練するほうが賢明と宣言。色町によどむ嫉妬;欲望のからむなかで、豆葉・千代 対 初桃・おかぼの出世レースが始まることとなります。ろくでなしの厄介者視していた二人娘が、金の卵になるかも。女将はほくそ笑むのでした。

想い出:現役の頃勤務先で実施されていた ヘルマーナ:(ヘルマーノス)という指導係り制度を思い出しました。新入社員を入社後数年たった若手が公私にわたり指導するのです。 即戦力重視やプライバシーの絡みで最近の企業風土では馴染まず廃止されているようです。この本で言うElder Sister といったところです。

(SY)

January 28, 2010 (Chapter 10 P134 〜 Chapter 11 P150)
 おばあさんのお通夜の期間中は祇園中から人が押しかけたほどの忙しさの中、千代は見たこともないほど美しい黒紋付姿の女性に釘付けとなった。顔は絵に書いたような瓜実顔で千代は掛け軸の白拍子のようだと思った。
 それが豆葉だった。2年前初桃に無理やり命じられ墨をつけた着物の持ち主だと気づき見破られないようにびくびくしていた千代だが豆葉の方が声を掛けた。やっとの思いで顔を上げた千代の青い灰色がかった目を「祇園にもこんな目をした娘はいない」と言って豆葉はお供の女性とひきあげた。

 葬儀も終わり、おカボの三味線のお稽古を見るにつけ、自分には舞妓になるわずかな可能性もないのかと思うと、夜になり会長さんにもらったハンカチを取り出しては会長さんこそ自分の千手観音と念じるばかりだった。

 豆葉のお供の女性が置屋に千代を訪ねてきたのはそれから一ヶ月経った頃だった。
おカボに用事をこしらえてもらって、祇園白川にある豆葉の住まいをたずねると豆葉は気を利かせて、頼まれた三味線の糸と歌舞伎の雑誌を用意してやる。豆葉は自分が6歳、初桃が9歳の頃から知っているので初桃は張り合う相手のことが我慢ならない性分で千代をいじめたのだと告げた。そして同じように初桃からいじめられ祇園を追い出された初沖と言う舞妓の事を聞いた千代は自分だけではなかったことにすこし気が晴れる思いだった。新田の女将さんも初桃の正体をみぬいているので、養女にしないのだと豆葉は言い千代をかばった。

 千代は自分が墨をつけた着物のお詫びをさせて欲しいと頼む。お辞儀の仕方を正されて、深々とお辞儀をして詫びた千代にさらに豆葉はどうしてお稽古をとめられたのかを尋ねる。 千代は借金の他にも姉と祇園を脱け出そうと算段してそれが失敗に終わり女将さんにばれたことを話した。
 豆葉は千代が置屋の下働きで一生を終わるとは見えないといい、千代もこれまでの失敗を帳消しにしてお稽古を何とかさせてもらえるようにお願いした。豆葉は、千代に自分に会ったたことは口外しないよう告げて置屋に帰した。


 豆葉の魅力にわくわくどきどきして読み進みました。彼女が今後千代とどうかかわっていくのか楽しみです。

 (い)

January 14, 2010 (Chapter 9 P126〜 Chapter 10 P134)
未来に希望が見え始めた矢先、
「鈍くさく、辛気くさい女でも芸妓なるのに、あんたには無理な話や」と初桃の意地悪な一撃に再び気持ちが萎えてしまう千代だった。
周りを見渡せば似たような年恰好の娘たちは芸妓になるため日々のお稽古に励み、目的のある暮らしをしているように見えた。それに比べ自分だけが取り残されているような気がしてじっとしておれずその場を走り出した。

行き着いた先は南座だったが、歌舞伎見物の人だかりで、ここでもざわめいていて活気のある人生があるのに、自分の側を通り過ぎていくだけである。更にその場を離れ、ふと川面に目をやると水さえも、鴨川、大阪湾、瀬戸内海と方向があって流れてゆく。どこへ行っても自分だけが取り残されているようで、自分の身の上を嘆き人目を憚らず泣き出すのだった。
すると背後から声をかけてくる人がいた。仏様のように穏やかなそのお顔の紳士は、身分の高い方のようだったが、取るに足らない小娘の千代に温かく優しい言葉をかけてくれた。更に、涙と砂で汚れた千代の顔を、白いハンカチを取り出して拭いてくれると、かき氷を買うように小銭と、たべたあと口を拭くことになるからと、そのハンカチをくれたのだった。
氷を食べるほどの陽気ではなかったが、会長さんとの出会いを鮮明に自分の中に残しておきたいと果汁のかかったかき氷を買い求めた。甘い汁が口の中に広がって、千代の中で何かが弾けるような気がした。また、 そのハンカチが蛾をくるんでいた布と重なり自分の未来を予感した。

その後八坂神社に詣で、残りのお金を全て賽銭箱に投げ入れ、
”芸妓になれますように”とお願いした。特別芸妓になりたいとは思わなかったが、芸者になることは人生の目標ではなく、芸者を足がかりに次のどこかに行けるのではないかと思ったのだった。


そして何ヶ月が経ち、突然、おばあさんがストーブの事故で亡くなった。世の中は不況の最中、世間体や見栄もあり、立派な葬儀を執り行った。よって、千代たちはしばらく、あわただしく忙しい毎日をおくることとなった。


感想

映画ではこのシーン、かなり写実的、忠実な映像だったと思いますが、私の記憶では会長さんと一緒に氷を食べていたような気がします。(記憶違いでしたらすみません)
かき氷を食べるときの千代の顔は屈託のない子供らしい、嬉しそうな表情で、単純に、機嫌を損ねた子供が氷を食べて機嫌を直しただけの表情だったような・・・。
本ではこのシーンは千代の人生のターニングポイントである重要な場面だったようです。満面の笑みより未来に微かな希望を見たときの表情・・・、子供ではむずかしいですかね・・・。渡辺謙はかなり近かったと思いますけど。

 (TS)

December 8, 2009 (Chapter 8 P113〜 Chapter 9 P126)
置屋に連れ戻された千代は、小母から厳しい仕置きを受ける。翌日、お母さんから舞子修行の打ち切りを告げられると、さっそく初桃に一生下働きをする身になったことを揶揄される。

話し相手もいない日々の中、千代は女郎屋から逃げおおせた姉を思い、故郷を思って寂しさを紛らわす。そんなある日、鎧戸の田中一郎から千代宛に小包が届く。それは真新しい2つの位牌と両親の訃報だった。

手紙を受け取ってから季節が一巡してもなお、千代は両親を失った悲しみから立ち直ることができない。しかし、もうすぐ12歳にならんとするある日、ひげをたくわえた男性が窓の障子を勢いよく開けるという夢を見る。目覚めたあと自分も昨日までとは違う世界を見ているような気がする。

また同じ日、ちょうど一年前に隠しておいた美しい蛾の亡骸が、触れたとたんに跡形もなく崩れるのを見たときに、過去が本当の過去になったことを感じる。千代は後ろを振り返るのをやめて、前だけを見る決意を固める。

その直後、千代は小母から女紅場にいる初桃に、かんざしを届けるように頼まれる。用が済んでも初桃は千代を帰さず、他の舞妓を指差しながら、これから何年経っても千代は決して舞妓にはなれないのだと言い放つ。

故郷の両親を亡くし、姉の行方は知れず、ついに千代は一人ぼっちになってしまいました。いままで支えになっていた故郷で家族そろって暮らすという夢が、永遠に叶えられないと知った千代の心情は察するに余りあります。いくら年の割にはしっかりしているといっても、そう簡単に受け入れられることではありません。立ち直るには1年の歳月が必要でした。世の中に自分の力では変えられないことがあると気付いた千代が、未来に不安を感じながらも、とにかく前向きに生きようと心に誓うシーンは、この小説の大きな山場の一つといってよいでしょう。

過去を吹っ切るきっかけのひとつになった、ひげの男性が窓を開ける夢を、千代はこう解釈しました。
“Watch for the thing that will show itself to you. Because that thing, when you find it, will be your future.”(来るものを心して待て。それが未来になる。)

一歩離れたところから自分を見られるようになった今、千代は大人への道を歩みだしたと言えそうですね。      (☆)
November 26, 2009 (Chapter 7 P101〜 Chapter 8 P113)
初桃との逢瀬の現場を千代にのぞかれたことを知った幸市は、急に不機嫌になり、次の約束をねだる初桃につれない返事をして去る。初桃はしばし呆然と立ちつくし頬を濡らす。

その後、初桃は千代の方を向き、姉と二人で逃げるつもりかと問う。千代は否定するが、初桃は自分もせいせいするので早く消えてくれと、自分の部屋から数枚の紙幣を持ってきて千代の帯にねじこむ。千代がされるがままになっていると、初桃はやにわに千代の髪をつかみ2階へ連れていき、おかあさんを呼ぶ。千代の泣き叫ぶ声に小母も出てくる。

初桃は、千代が姉と逃げる金を工面するため、自分の宝石を盗んで見知らぬ男に売り払っているところを見たと告げる。初桃が小母と部屋を検めに行っているすきに、千代は、初桃は恋人との喧嘩の八つ当たりをしているだけで自分は何もしていないと訴える。戻ってきて、エメラルドの帯留がないと言い張る初桃に、おかあさんは男を連れ込んだのかと問い質す。白を切る初桃を押さえさせ、身体から男と関係していた確かな証拠を得るとおかあさんは初桃の横面を張る。

初桃が情人を置屋に引きいれたのを黙認したと女子衆が連帯責任をとらされ、おかずを減らされたことをうらまれたり、初桃が盗まれたと言いはる宝石を弁償させられたりと踏んだり蹴ったりの千代だったが、そのせいでなおさら祇園を逃げ出す決意が固まる。

しかし禁を破って置屋を出たせいで、表の戸に鍵をかけられたのは痛かった。姉との約束の前日になっても逃げ出せる目途が立たず、身が入らないまま雑巾がけをしている最中に屋根から出られることに気が付く。その晩、故郷の両親を思いながら寝たふりをしていると、襖の隙間からおばあさんが寝巻に着替える様子が目に入り、老いた身体と覚束ない手つきに哀れさを感じる。千代は初めておばあさんも自分と同じような辛さを味わってきたのかもしれないと想像し、ひどく辛い体験が続けば意地も悪くなるだろうという考えに至る。

皆が寝静まるのを待ってから、枕もとの着物を持ち階段を上がる。着替えを済ませると、2階の手洗い用のつっかけを下駄代わりに履いて屋根の上に出る。下を見ると真っ暗でうろたえるが、音をたてないよう屋根伝いに家並が切れる場所まで行く。

千代はここも置屋だろうと推測するが選択の余地はない。庭に下りようとすると、思いのほか急勾配で一気に落ちかける。必死で留まろうとするが、瓦が割れた音で駆け付けた人の目前にすべり落ちてしまう。

二人の女性に助け起こされた千代は廊下に座らされる。いろいろと質問されるが痛みで口がきけない。ただ姉に会いにいけないことだけが頭に浮かぶ。


今回はダイナミックに物語が展開していく場面が続きました。特に千代が姉に会うため、屋根の上を歩くシーンは先を知っていてもハラハラドキドキでした。そういえば映画でも、一面に続く屋根瓦があたかも夜の海にうねる波のようで、大海に乗り出す千代の高揚と不安が感じとれる印象的な場面でした。

翻訳された京言葉はしばしばプラスアルファの効果をもたらしますが、千代が目の前に落ちてきた女性の台詞は実にユーモラスでした。

"Good heavens! It's raining little girls!" 「何やねん、空から娘が降ってきたえ!」
"Why on earth was she carrying toilet slippers with her? Did you go up there to use the toilet, little girl?"
「そうかて、なんで手水場の履物があるにゃろ。 ちょっと、あんた、うちの屋根で用足しでもしよ思たんか?」

ここまで息を詰めて読んでいた緊張の糸が解け、千代には気の毒ですが、とぼけた味わいの台詞に思わず笑ってしまいました。    (☆)   
November 12, 2009 (Chapter 7 P90〜P101)
 初めて聞いた「女郎屋」と言う言葉に戸惑いながらも、佐津が自分よりも辛い境遇にあるのではないかと気にしながらも、豆葉の着物の件で50日の禁足罰を受けていたので、それが溶けるのを待っていた。

 ある晩、皆が寝静まった頃、初桃の三味線を届けるようにと言いつかる。さゆりは、三味線を届けた後、この時とばかりに、龍代という女郎屋を探しあてて行く。祇園を心細い思いで歩いていると、田中さんの娘と仙鶴の店を覗いたことを思い出し、泣きながら、自分と姉の佐津を父母から引き離し、売ったのに、親身になってくれる人だと思っていた自分を愚かな娘だったと思い、鎧戸へは戻らないと決めるのだった。
 ある女に教えられ、やっと龍代の看板を見つけた時の気持ちは、口では表せないものだった。玄関の前に腰掛けている老婆が、向かいの店の前に腰かけている女と話をしていた。佐津がいるかどうかを尋ねると、居ないと言う答えだったが、向かいの女が、雪代のもとの名が佐津だったと言う。

 しばらく待たされた後に、変わってしまった佐津が現れる。佐津は、幾つか硬貨を老婆に渡し、一階の空き部屋に入ることが出来た。二人になると、千代は姉の顔を見て、泣くばかりだったが、佐津は、静かにするよう言い、女将に見つかったら、お仕置きで叩かれると言う。そして、もうこれ以上、ここに居ることは出来ないので、逃げようと言う。もう駅の時刻表を隠してあり、岸野のばあさんに渡すくらいの銭をくすねて逃げる準備をしていたのだった。 佐津は、逃げる日の時間と落ち合う場所を指定すると、千代を帰すのだった。

 置屋に戻ると、寝静まっていたので、こっそり忍び込んで、玄関の間にしゃがみこんで息を整えていると、台所に初桃が男を引っ張り込んでいた。見つからないように、そっと通り過ぎようとするが、初桃に見つかってしまう。相手の男幸市も気づき、不機嫌になる。初桃は、千代がこれまで聞いたことの無いような甘えた声で、また来てくれるように頼むが、もう来ないと言って帰ってしまった。

 (AKI)

October 22, 2009 (Chapter 6 P78〜 P89)
 週に一度かそこら、夜お座敷を抜け出して近所の蕎麦屋の職人と自分の置屋の台所で密会をしているのを女中たちは知っていながら、誰も女将には告げ口をしないほど初桃の権勢は絶大だった。
 ある日の夜遅く初桃が小りんと言う芸者と二つの着物の包みを持って帰ってきた。それは豆葉と言う優等生の芸者の女中が歌舞練場で密会しているのを発見し、脅して豆葉の逸品の着物を持ち出させたのと、その女中の金で初桃用に買わせた物だと言う。初桃は千代に先ず自分用の着物を蔵にしまわせ、次に豆葉の着物に墨で悪戯書きをさせた。更にそれを千代に持たせて豆葉の家に届けさせた。
 次の日豆葉がクレームをつけに来たが、初桃は千代が初桃の着物と思って嫌がらせにやったのだろうと言う。ことの成否は別として結局千代が筆を持っている所を女中に見られていた為竹竿でひどく折檻され、豆葉に弁償した着物の代金は千代の借金に上積みされた。
こうしてやっと千代は初桃から姉の佐津の居場所が宮川町の女郎屋だと聞く事が出来た。

 初桃は千代の持つ天性の美と素質を直感するのか際限のないひどいいじめを続ける。 

(KO)

October 8, 2009 (Chapter 5 P71〜 Chapter 6 P78)
初桃がお座敷用の化粧をし、艶やかな衣装を身にまとう様子を食い入るように見つめる千代。
初桃は千代に向かって、「化粧は魔法とは違うのだから、あんたが真似をしてみても、私のように美しくなることはありえない」という意味の言葉を投げつけ、千代は彼女と自分の置屋での位置に、あまりに大きな差があることをかみしめる。
ある晩、千代の知らない若い男が突然置屋に現れると、続いて、まだお座敷に出ているはずの初桃が、こっそり戻ってきた。
初桃は、置屋の電話番を手なづけて、男が来ると暗号で連絡を入れてもらい、わずかな時間を利用して恋人と忍び逢っているらしく、それを置屋の女将に告げ口したら只ではおかないと千代を脅す。
千代は、閉め切った戸の向こうにいる初桃と男の気配を感じながら故郷にいた頃、海辺で、人目を避けて一緒に過ごしていた近所の少年と姉の姿を思い出していた。

初桃の置屋での「女帝」ぶり、何を言うにも、毒をいっぱいに含んだ言葉ばかりが出てくる様子と、お座敷衣装をつけた時の周囲を圧倒するような美しさとの対比がドラマチックです。
しかし、芸妓として絶頂の人気を誇り、わがまま放題しているようでありながら、決して初桃が幸福でないことも感じられます。千代に対してことさらに辛く当るのも、千代が自分ではまだ気がついていない才能と美貌に恵まれていること、何よりも、初桃が今後失っていかざるをえない、若さと未来が千代にはあることに、激しい不安感を抱いているように思われます。

刷毛を使った化粧のやり方や、着付けの様子が、英語で描写されている部分は、とても興味深く、英語で説明されて初めて、なるほどと思わされる所も多いですね。
和装の日本女性の「うなじ」が、西欧の女性の「脚」と同様のお色気ポイントであるという所は、とくに印象的です。違うといえば随分違うので、「食」に置き換えれば、ステーキと鯛のお刺身のような差かもしれませんが・・・

 (∀) 

September 24, 2009 (Chapter 4 P56〜 Chapter 5 P71)

別れ別れになった姉の佐津のことは、決して頭を離れることはありません。初桃に取りすがって聞こうとして、平手打ちを食らったり、またお母さんからもにべもない返事です。9歳の千代にとって祇園の置屋での暮らしは辛い日々の連続ですが、置屋に来て一ヶ月経った頃いよいよお稽古に行くことになりました。その日は朝からおカボに連れられ女紅場のお師匠さんに引き合わせてもらいます。午後からは初桃に連れられ祇園の検番に出向き、夕方からは初桃のお化粧と着付けを見学します。

稽古場のお師匠さんや検番がひと目で千代の美貌と才能を見抜くところを見るとやはり千代は並外れたかわいらしさをもっているのです。千代のこれからの成長ぶりが早く知りたい気持ちです。

初桃のお化粧の様子や着付けの場面、またすべて整った初桃の息を呑むようなうつくしい着物姿など、こまかい描写がすばらしく大変興味深いところです。
木曜日の読書会の楽しみの一つは、☆さんの和訳の朗読です。今回は京都が舞台ですので、京都弁の会話の場面が多く出てきますが、すばらしい朗読にいつも引き込まれます。

 木曜日の読書会の楽しみの一つは、☆さんの和訳の朗読です。今回は京都が舞台ですので、京都弁の会話の場面が多く出てきますが、すばらしい朗読にいつも引き込まれます。

(い)

September 10, 2009 (Chapter 3 P42〜 Chapter 4 P56)
置屋『新田』での生活が始まりました。千代にとってはすべてが初めての世界です。先輩芸妓の初桃の小幅に運ぶ足の着物の裾が揺れる様、そのすべるような歩き方は故郷仙鶴で見ていた田舎芸者の物とは、あまりにも月とスッポン。置屋の世話係をしている小母(あば)に連れられ中を案内されます。細長い土間、それに沿うような部屋があり奥庭へと続きます。礎石を置いた瀟洒な住まい、厠と蔵、母屋。模型の村のよう様な住まいに9人が住むことになります。見習いのおカボと小母にここでの生活のティップの指南を受け、大きいお母さんと対面になります。枝にきれいな緑と朱色の葉をつけた枝垂れ柳のついた、蜘蛛の糸でできたような絽の黄色地の着物に,朽葉色と茶色の生地に金糸を織り出してある目を見張るような帯をした華やかさとは反対に、
お母さんの様相を見る限りは、不細工な目たるんだ皮膚から、まるで葉を落としだした木のような人と表現されています。

置屋での生活も3週間たった頃、普段は初桃の留守の間に部屋を掃除していた千代でしたが、初桃と部屋ではちあわせになります。千代がさわると魚臭くなる、そういえば千代の姉・佐津も臭かった・・・という話から,佐津が置屋を訪ねてきたことを知ります。何とかそのことをもっと知りたい・・。優しくしてくれる姉さんのように、初桃に親しみを持てたかと思ったらば、急に平手打ちが飛んできました。転げるように初桃の部屋を追い出されます。この家の中のそれぞれ違った性格の女性が 着ている着物、しぐさ、発する言動などで、巧みに描かれています。その誰もが、魚臭くはないが、独特な異臭を放っているかのようです。自分に降りかかった生活の変化に戸惑いながら、未知の世界への興味に満ち満ちた 幼い乙女心がよく描かれている章です。

さて、舞妓さんとは: 半年から2年ほどの「仕込み」期間を経た後、1か月間「見習い」としてだらりの帯の半分の長さの「半だらり」の帯を締め、姐さん芸妓と共に茶屋で修行する。置屋の女将、茶屋組合よりの許しが出れば、晴れて舞妓として「見世出し」が可能となる。座敷や舞台に上がるときは芸妓も舞妓も白塗りの厚化粧をするが芸妓が通常鬘(かつら)を付けるのに対し、舞妓は自髪で日本髪を結い、四季の花などをあしらった華やかで可憐な花簪(かんざし))を挿す。舞妓の初期は「割れしのぶ」という髪型で、2〜3年後に「おふく」となり、芸妓への襟替え1〜4週間前には「先弁」を結い、お歯黒を付ける−引き眉しないので半元服の習慣が現代に残るもの。襟替えの時期は20歳前後の場合が多い…との事です。 私たちも未開の世界を覗いて行きましょう。    (SY)
August 27, 2009 (Chapter 3 P33〜42)
いよいよ姉妹が鎧戸を去る日が来ました。田中社長から二人に直ぐ来いとの伝言があり、てっきり田中家への養女の具体化と思って、許しを求めた千代に、父親は、雀躍りして先に飛び出した佐津が今まで座っていたところにうつろなまなざしを注いだあと黙ってうなずいただけ、奥では病床にある母親の声にならない泣き声、社長の呼び出しの意味するところを知りながら、励ましも別れも告げられぬ親の苦悩、悲しみが数行の行間に、にじみます。その後二人を待ち受けたチャイルドアブユースの数々、緊張と悲しみと空腹で石のようになった千代ははじめてみる大都会京都のすべてに圧倒され、自動車や路面電車さえ、文明の利器というより、人を脅かす魔物のように覚えるのでした。祇園の置き屋の前で、止めをさすように姉とも引き離され、女衒から置屋の女番頭にひきわたされるのですが、丁度お座敷へ出陣前の看板芸者、初桃が厄除けの火打ちをきってもらう間、待たされます。彼女にちり芥、よばわりされながらも、仙鶴で見た田舎芸者のそれとは段違いの 初桃の衣装、黒髪と、お白粉塗り上げた化粧ともあいまって、千代にはこの世のものとも思われぬ美しさにみえたのでした。今週はここまでで終わり、千代は涙にくれながら旅の汚れを水で洗い落とし着替えさせられて、大女将,女将の面接を受けることになります。

第3章の残り斜め読みしてみましたが、9歳そこそこのいたいけな娘ながら、女将との機転の利いた受け応え、澄んだ灰色の瞳と福相で、千代は、やり手婆たちの眼鏡に適い、因習と複雑な人間関係の渦巻く置屋で、芸妓の卵として生活をはじめることになります。   (Y)
August 6, 2009 (Chapter 2 P20〜33)
第2章は、9歳の千代が姉と共に、仙鶴という町の田中氏の家に連れて行かれるくだりが中心です。
母の病気などで姉妹の家が困窮していることを知った田中氏が、京都祇園の置屋に彼女たちを仲介しようとしているためなのですが、千代は、田中氏に自分たちが気に入られ、養女にしてもらえるのだと思い込んでいます。
しかし年上の姉のほうは、いつの間にかボーイフレンドのような存在も出来ていて、すでに性の目覚めも経験しており、そんなうまい話はありえないと、かなり具体的な不安感を持っています。
二人を面接する老女が、祇園で「売れる商品」に値するかどうかを厳しく検査するシーンの迫力が、この章のメインなのでしょうが、もう一人の新しい登場人物、田中氏の娘の邦子も、興味深い存在です。
千代とほぼ同年齢の少女ですが、父親が夜、茶屋遊びのために外出する後をこっそり追跡・観察して、辛辣な言葉を吐くなど、なかなかの行動力と批判力の持ち主で、千代とは良い友達になりそうですが、今後、二人の住む世界は違ってしまうわけで・・・どこかでまた接点はあるのでしょうか?

祇園や花柳界を描いた小説は多々あると思いますが、日本人であれば、女性作家ならば女性の視点から、男性作家ならば客の(?)視点から描かれるのが普通でしょう。
しかし、欧米人によって書かれたこの小説は、視点がもっと外側にあるようで、さらには、何となく「肉食系」的感覚の感じられるところが、興味深い点でもあり、違和感のある点でもあると思います。

巻末のAcknowledgmentsで、作者が「ミネコ・イワサキ」という「祇園のトップ芸者」に聞いた話を参考にしたと謝辞を述べていますが、ちょうど今、朝日新聞夕刊に、この岩崎さんのインタビュー記事の連載があります。
しかしそれによると、岩崎さんは、匿名を条件に話した事が、実名がわかるように書かれてしまったこと、芸妓が売春婦のように書かれていること、実際には親切に世話をしてくれた人々が、意地悪で冷酷な人間に描かれていることなどに非常な憤りを覚えて作者を訴え、作者は賠償金を払ったそうです(もっとも、これだけベストセラーになり、映画化もされたので、作者も充分元は取っているのでしょうが・・・)
もっとも、岩崎さんは(たまたま私と同年の方のようです♪)団塊世代で、「千代=さゆり」の一世代下になる訳で、祇園の状況なども、だいぶ変わって来ているとは思いますが。

いずれにしても「千代」の今後の運命が気になりますね。   (∀)
July 23, 2009 (Chapter 1 P8〜19)
主人公、千代(後に新田さゆり)は小さな漁師町、鎧戸で生まれた。生家は崖っぷちにあり、年中海から吹き上げる風にさらされ、彼女はこの家を”tipsy house(ふらついた家)”と呼んでいた。
父は漁師で、動作も鈍く器用な人ではなかった。千代の母と結婚する以前、所帯を持っていて二人の男児をもうけていたが、一度に家族を失うといった過去があった。顔には彼の人生の厳しさを物語るように深いしわがびっしりと刻まれていた。
母は、彼女の両親を考えれば器量よしのはずだったが、不釣合いな顔つきをしていた。千代に継承された特徴ある瞳は澄んだ灰色をしていた。千代が7歳のとき病で倒れそれ以来床に伏せるようになる。
6歳年上の姉、佐津は容姿から仕草まで父親譲りの娘だった。

ある日町の名士である三浦先生が往診にやってくる。そして、母親の先が長くないことを告げるのだった。極貧の家庭にとって祈りしか残されるすべがないためか、それとも母がいつ息を引きとってもいいようにとの計らいか、父は千代に町に行って仏壇に上げる線香を買ってくるよう言いつける。
外は迫り来る嵐のため海は荒れていた。その海風は千代の絶望的な心情を逆なでするかのようであり、全てを洗い流してくれるかのようでもあった。
途中雨のため滑って転倒し大人たちに介抱される。台の上に寝かされて目を開けてみると、目の前には田中一郎がいた。’最高でもあり、最悪でもある午後’を迎えた瞬間だった。
田中一郎は一族で水産会社を営み、和服姿で裕福なそのいでたちは颯爽とし男ぶりに見えた。
田中一郎は身なりの貧しい千代を蔑む様子もなく口の中に溜まった血を吐くよう言った。周りにいた漁師は、魚をさばくその場所でそんなことをさせるのを嫌がった。当時の風習から女子は不浄とされていたため船の中で女子が遊んでいただけで酒や灰汁でお清めをしたり神主さんを呼んでお祓いをするほどだった。しかし田中一郎はそれを一蹴した。
その後千代は、やはり田中一郎の計らいで医者に見せて治療を施してもらった。田中一郎から与えられた安心感は千代にとって暗い状況の中での一筋の光明だったが、家に帰り母の容態を思えばすぐさま又暗い現実に引き戻されるのだった。     (T.S.)  
July 9, 2009 (Translater's Note P1〜8)
本書”Memoirs of a Geisha"(邦題「さゆり」)はアメリカ テネシー州出身のArthur Goldenが1997年に出版した小説です。 ハーヴァード大、コロンビア大、ボストン大で日本史を研究したGoldenが完成まで約10年を費やしたこの小説、Wikipediaによると2年間もニューヨークタイムスのベストセラーリストにとどまり、現在までに400百万部以上を売り上げているということです。人気はアメリカ国内にとどまらず、32もの言語に翻訳され、日本でも1999年に文芸春秋社から単行本が出版されました。2005年にハリウッドで映画化された際は文庫版で登場。原作本として再び脚光を浴びました。

本作は、貧しい漁師の娘、千代(後のさゆり)が幼くして京都の置屋に売られ、さまざまな困難に会いながらも祇園屈指の名妓になっていく姿が、第2次世界大戦をはさむ数十年のスパンで描かれています。その波乱に富んだ半生がさゆりの視点から一人称で語られているのですが、これは冒頭の「訳者覚書」において、老年に達したさゆりの回想(memoir)を歴史家である訳者が英語に翻訳したものであると記されています。もちろんこの歴史家もさゆり同様、想像上の人物です。

いくら日本通の著者が入念な調査の上に書きあげた作品であっても、日本人の目から見れば違和感を感じたり、つっこみを入れたくなる箇所もあるかと思います。しかし少なくとも、口述を翻訳したという形を取ったことで、本作品がいきいきと血の通ったものになったことは確かでしょう。波瀾万丈な展開を予感させながらも、表面はあくまで静かで柔らかい元芸妓の語り口の前に、作者の姿はすっかり消え、物語にリアリティが生まれています。加えて内容は日本人であっても一般には馴染みのない花柳界の裏側。閉ざされた世界の因習やしきたり、伝統的で濃密な人間関係を通して、商売がら人間の本性に直接向き合ってきたさゆりの口から語られる特異な体験の数々に引き込まれてしまうのは万国共通のようです。

「訳者の覚書」では、さゆりは1956年に芸妓を引退後、ニューヨークの高級ホテルのスイートに居を構え、日本からひっきりなしにやってくる客人を相手をしながら後半生を過ごしていると書かれています。日本史の研究家である訳者は1985年にさゆりと知遇を得ると、珍しい芸者の回想録を希望。さゆりは公刊に関していくつか条件をつけた以外は、まるでこのチャンスを待っていたかのように積極的に取り組みました。

第1章はさゆりの子供時代が語られます。生まれは日本海に面した小さな漁師町。崖っぷちの傾いた家に両親と姉と暮らす千代は、母親と同じ澄んだ灰色の瞳を持っていた、というところまでが、第1回目に読んだ箇所です。

読書会では初めての日本が舞台の小説です。見事な小川高義氏の翻訳と合わせて味わっていきたいと思います。       (☆)
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