Breakfast at Tiffany's
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Breakfast at Tiffany's

    by TRUMAN CAPOTE -PENGUIN BOOKS-
     

June 11, 2009 (P87〜)
ホリーがブラジルに旅立つ日、NYは土砂降りだった。僕は彼女のアパートメントに行き、頼まれた荷物と猫を連れて、ホリーが待つジョー・ベルの店に向かった。ジョー・ベルは取り調べの最中に高跳びするという無謀さにひどく腹を立てていたが、彼女を空港まで無事送り届けるためリムジンを手配してあった。ホリーがリムジンの礼をいうと、ジョー・ベルは花瓶の花を投げつけてトイレに駆け込んでいった。

空港までの道のり、車中で乗馬服から黒のドレスに着替えたホリーはスパニッシュハーレムで車から降りて猫を放した。なかなか離れようとしない猫を振り切って車に戻った彼女を僕は批難した。車が1ブロック走ったところで、「猫と自分は互いに独立していて何の約束もしていない」と語りはじめたホリーは急に言葉を失い蒼白になった。彼女は車から飛び出し僕も後を追った。猫を探し回るがどこにもいない。うしろからついてきたリムジンに彼女を乗せると彼女は体を震わせて言った。「私たちは互いのものだった。あの猫は私のものだった。(We did belong to each other. He was mine.)」必ず見つけ出して世話をすることを約束すると、ホリーはかすかな微笑みを浮かべて、失ってみて初めて大切なものだったと気づく、そんなことをこれからも繰り返すのが怖いと言ってから車を出させた。

警察はホリーを連れ戻さなかった。月日が経ち、彼女の名前は新聞から消え、彼女のアパートメントには新しい住人が入った。春になってようやく僕に彼女から葉書が届いた。素敵なセニョールと付き合っているというホリーらしい内容だった。落着き先が決まったら知らせると書いてあったが、それきり連絡は来なかった。知らせたいことがたくさんあったので残念だった。とりわけ猫を見つけて約束を果たしたことを教えたかった。猫は温かなそうな部屋の窓辺にいた。名前をもらい落ち着き場所を見つけたようだった。僕はホリーにも落ち着ける場所があることを願っていた。それが例えアフリカの粗末な小屋であろうが、どこだろうが。


木曜読書会ではミステリー長編が3作続いたので、次の長編に入る前に軽めの内容の中編でも箸やすめ的に読もうか、と思い選んだのがこの「ティファニーで朝食を」でした。読み終えてみて、確かに「軽快」で「洒脱」なストーリーではあるけれど「軽い」というのはちょっと違ったなあ、と感じています。あえて読後感を言葉にすれば、しんみりした中に感じる爽快感。ほろ苦いチョコレートのような味わいと言ってもいいかもしれません。 

語り手の僕の目を通して描かれる登場人物は、皆が皆、個性が際立っており、まるで血が通っているかのように生き生きとした会話を繰り広げます。筋だけを追えばリアリティにはほど遠いおとぎ話ですが、登場人物が垣間見せる心のひだや、哀しみ、不安、諦めや悔しさといったむき出しの感情には心を動かされるものがありました。とりわけ動物的ともいえる野性的な嗅覚で世間を渡ってきたホリーが、ドクとのことで恥じらう様子を見せたり、将来対する怯えを認めたりといったシーンからうかがえる、強さとしたたかさの裏に潜んだ素顔が印象的でした。

本小説は半世紀前のNYを舞台にしたアメリカ文学の金字塔のひとつであり、英語表現もいままで読んできた現代もののミステリーに比べると難解に感じられます。そこで昨年発刊された村上氏の新訳が理解の大きな助けになったことは言うまでもありません。旧訳のほうでも気に入った部分は何か所もありましたが、如何せん肝心なところにいくつか誤訳が散見され残念でした。しかし不思議なことに誤訳によってホリーの魅力は減じていても、(少なくとも私にとって)新旧の読後感はそれほど大きくは変わらないことに驚きました。これはもう原作の持つ語りの力が圧倒的だとしかいいようがないでしょう。長く読み継がれてきたものには、それなりの理由があることを改めて感じさせられた作品でした。

最後に、読書会でも話題になりましたが村上氏があとがきに書いているように、原作に忠実な新しい「ティファニーで朝食を」の映画を誰か早く撮ってくれないでしょうか。リメイク流行りの昨今、首を長ーくして待っていようと思います。     (☆)
May 28, 2009 (P80〜87)
Breakfast at Tiffaniy's も残すところ、わずかとなった。
サリー・トマトの連絡係り(愛人?)として、逮捕され、やっと保釈されて出て来ると、恋人のホセからは、別れを告げられる。
悪いことばかり続くようだが、救いは無いのだろうか?

こうして読んでくると、プロローグで、ジョーベルの店でホリーがアフリカに居たという話しが語られるが、ホリーがアフリカに居たと言う展開も全く荒唐無稽というわけではなさそうに思えてくる。

May 14, 2009 (P80〜87)
危なつかしく自由奔放に夢を追い求めているホリーに破綻の兆しが来た。
アパートの入り口で偶然会ったホリーに誘われてセントラルパークへ乗馬に行った。爽快な気持ちに浸ったのも束の間、茂みに隠れていた黒人の子供たちの歓声と悪戯で馬は棒立ちになり公園を横切り5番街まで疾走した。ホリーは妊娠中にも拘らず全速力で追って騎馬警官と僕の馬を挟み込んで止めてくれた。お蔭で僕は命拾いをした。
 その日の夕方、新聞の一面ににホリーの写真が載った。国際麻薬組織のボスで服役中のサリー・トマトの連絡係を務めたかどで逮捕されたと言う。ジョウ・ベルが何とかいい弁護士をつけられるよう誰かに頼めと言い張り、ようやくベバリーヒルズのOJバーマンに電話が繋がった時には既に彼が保釈手続きまで済ませてくれていた。

 相変わらず難しい単語が続くが乗馬からアクシデントの辺りの記述はすばらしい。乗馬のシーンを読んでいるとこちらまで爽快な気分になるし、アクシデントはその模様が目の当たりに見える気がする。この短い文章の中によくもこれだけの表現が出来るものだ。 (KO)
April 23, 2009 (P72〜80)
Hollyは最愛の兄Fredが戦地で死亡したと伝えるDocからの電報を受け取って悲しみのあまり、手当たり次第に物を投げたのだった。
Hollyはその後二度とFredの話をしなかった。そしてめったに家から出ることもなかったしお客も来なかった。
でも人生に絶望したというのではなくこれまでにないほど幸せそうに見えた。
Hollyらしくない家具や複製の美術品や料理本を買い揃えた。料理やポルトガル語の習得にも精を出した。
Hollyはしきりにホセとの結婚を口にするようになった。妊娠したと聞いておどろく「僕」に彼女はこれまでに11人の恋人がいたと告白。
男とセックスをしてお金を搾り取っておいて少なくとも相手を好きになる努力もしない女なんて最低。自分にはそんなdishonest なまねは絶対出来ない。
また結婚の相手として、たとえばNehruやGarboもいい。相手が男であっても女であっても愛とはどこまでも自由であるべき。
ホセのおかげで前のようないやな気持ちになることもなくなったし、星占いとも縁切りした。
星占いの答えは常にgood thing only happen to you if you're goodという退屈な結論だから。
なんであれ卑怯者や猫っかぶりや精神的ペテン師や商売女じゃなければいいってこと。不正直な心を持つくらいなら癌になった方がまし。

「型破りの奔放さ、性的解放性 潔いいかがわしさ。Hollyのこの魅力的なキャラクターは作者カポーティ自身の姿や魂が重ねられている」と村上春樹はあとがきで指摘している。

Hollyと「僕」の最後の数週間。ホセがいない時二人は長い夜を共にすごした。人と人が気持ちの深いところで穏やかに通じ合うと言葉より沈黙を通して多くを理解できる。二人はその段階に達していた。そしてあのとんでもない日がやってくる。

村上訳「ティファニーで朝食を」では「僕は」が使われる。ちなみに龍口訳は「私は」である。
小説の名前が出てこないが以前読んだことのある村上作品のいくつかで「僕」と言う主人公がとても魅力的に描かれていた。背筋がしゃんと伸びていて、とても清潔感に満ちていた。これは村上春樹自身のことに違いないと思い作品にというより村上春樹本人に夢中になった。「僕」という一人称を使うことでそう思わせてしまうところが彼の大変優れた文才なのだと思う。     (い)
April 9, 2009 (P63〜72)
テキサスで獣医を営むDoc Golightlyが「僕」にHollyこと Lulamae Barnesの過去を語ります。 Lulamaeは両親を結核で亡くした後、兄のFredとともに親戚のもとに身を寄せますが、ひどい扱いに耐えかねて家出。 二人はミルクとシチメンチョウの卵を盗みに入った先のDocに拾われます。  彼女の機智に富んだ魅力にぞっこんとなったDocはプロポーズ、若干14歳で LulamaeはDocの後妻となります。 同時に病気で亡くなった前妻との子供たちの母親となり、家族全員から下にも置かぬ手厚い扱いを受けますが、家に収まりきれず家出。 今度はFredを残し、たった一人で消えたのでした。 
ナレーターの仲介で5年ぶり再会した二人は一夜を共にしますが、翌朝Docが独りでテキサスに旅立つことで再び別れを迎えます。 最後まで一緒にテキサスに戻ると思いこんでいたDocに、「自分はもう14歳じゃない。Lulamaeでもない。でも卵を盗み、イバラの道を走り抜けた頃の自分と同じなの。」と説得します。彼は彼女の言わんとすることを理解し、最後には円満に別れたと、翌日Joe・Bellの店でHollyがマティーニの」グラスを片手に語ります。 「Docはよく傷ついた野生の動物を家に連れかえり、心をこめて介抱した。 でも手をかければかけるほど、動物は元気を取り戻して野生に戻っていくの。 そして最後には空を見上げる羽目になるのよ。 だから野生のものを愛しちゃいけない。」  そうHollyはJoe・Bellに諭すのでした。
仕事の面接帰りの「僕」は、新聞の見出しにRusty Trawlerの結婚記事を見つけ、相手をHollyと思いこんでひどく動揺します。 その後、相手がMagと分かったときは安堵のあまり脚が萎え、タクシーを拾わねばなりませんでした。 アパートに戻ると、Hollyが自分の部屋で半狂乱になって大暴れしていました。 ハンサムなブラジルの外交官、Joseが連れてきた医者とともに部屋に派入った「僕」は、嵐が通り過ぎた後のような惨状を目にします。

今回は、思いがけないHollyの過去や、彼女の人となりを表す行動と独特の人生訓などがてんこ盛りの濃い内容だったので、少し詳しくあらすじを書いてみました。 「僕」の見立てでは50歳代初めのDocが、5年前とはいえ14歳になろうとする少女に求婚するというのは、話だけ聞けばとんでもなく非常識な印象ですが、カポーティの筆にかかるとあら不思議、いつのまにかDocの気持ちに寄り添い、せつない気持ちになってきます。 そういえば、映画は小説とはずいぶん違いますが、Doc役の俳優さん、実直な田舎医師といった風貌でぴったりでしたね。
ところで、Lulamaeとは珍しい名前だと思っていたら、カポーティの母親がLillie Maeという名前でした。 よく似てますね。 解説サイトによるとLula もMaeも春を連想させる言葉ですが、Holly(ひいらぎ)は冬の植物。 この正反対の季節を象徴する名前の選択は、Hollyが自分のルーツを捨てたことを意味しているそうです。 
http://www.gradesaver.com/breakfast-at-tiffanys/study-guide/section6/      (☆)
March 26, 2009 (P55〜63)
Apt.2の小悪魔ぶりの描写が続きます。万事奔放で、かたにはめられるのが嫌いな彼女は、前にも、檻に入れられた動物を見るのは嫌といって動物園を散策コースから外しましたが、クリスマスプレゼントとして僕にくれた$350もする鳥かごも、生き物を入れては駄目との条件つきでした。2月に仲間とのフロリダ・キューバへの避寒旅行でもセックス面でも極めて開放的。そんな彼女と衝突するのも当然、一時期ちょっとした仲たがいをして僕は彼女のことを忘れようとするが、彼女のアパートをうろつく怪しい男性(実は彼女の夫だった)の出現を知らせてやろうと、関係修復しますが、このハチャメチャなヒロインが、少女妻だった過去があきらかになります。

[私事で恐縮ですが私は1958年5月から2年間,始めての海外駐在生活をニューヨークですごしました。事務所がPark Ave.の57丁目にあったので、文中に出てくるTiffany はじめ . Bergdorf、3rd Avenue沿いのWoolworthやEast side の brown stone apart群を懐かしく思い出します。Charle&Co,ではよくBLT on toast をlunchにtake outしたものです。当時独身だったので、若い女性の友達が欲しく、街の広告でGrill を Girlと読み違えたり、"You need friends? Come this way !" というサインにさてはと胸ときめかして辿って いったら教会だったり……もしあの頃、Holly のような女性に出会ってたらどうだったろうなど、Joe Bell の年齢を超えた今、あれこれ想いをめぐらせています。]

Fredを兄と訳されているが弟の可能性はという疑問がクラスで出ておりましたが、23頁の終わりの方に彼女が(14歳で)家出をしたとき、Fredは8年生を3回やっていたというくだりがあり、とすれば、彼女より年上だったことになりますね。   (EY) 
March 12, 2009 (P45〜55)
ホリーのアパートに、マグ・ワイルドウッドがいつくことになった。ホリー曰く、「…ルーム・メイトが要りようで、でもレズビアンはだめとなれば、あとはおつむの弱い人を探すしかないじゃない。とくればマグはまさに打ってつけなわけ。家賃を押しつけることもできるし、それに洗濯物もとってきてもらえるし。」

マグとの生活はガールズトークなどもして、それなりに楽しんでいるように見えます。

「僕」の短編小説が文芸誌に掲載されることになった(原稿料は出ない)お祝いに、ホリーと僕は、ジョー・ベルの店で一杯やり、その後は町で楽しんだ。家に帰る前、ウールワースを通った時に、何か盗もうとホリーが提案し、店のハロウィーンのマスクをかぶったままアパートまで辿り着く。

映画にも出てきたシーンですが、小説の中で、「僕」がよく万引きをするのかいと尋ねた時のホリーの台詞―「昔はね」「というか、何かがほしければ、盗む以外になかったのよ。でも今でもちょくちょくやってる。腕を錆びつかせないために」―から、貧しい少女時代を送っていたことがわかります。

私がいくつか面白いと思った、又は気に入った訳や文章を書いてみます。

You're a bore. Get up from there.
「もう、ほんとに世話の焼ける人ね。さっさと立って。」
ホリーがへべれけのマグに言うシーンですが、boreだと「うんざりさせる人、退屈な人」となりますが、村上訳だと、愛情が少なからずあるように思われます。

That gave me something to chew on: by Sunday my jaws were quite tired.
「そのことについて僕はまたあれこれ考えをめぐらせた。日曜まで、ない知恵を絞っていたおかげで、頭が痛くなったくらいだ。」
マグのラテン系ボーイフレンドを見かけて、「僕」が色々考え込んでいるシーンです。
chew onで、「〜を熟考する」ですが、原文ではchewの「噛む」とかけて、「顎がとても疲れた」としています。日本語では訳せない部分なので、「頭が痛くなった」としたのですね。

Miss Golightly and Miss Wildwood were now traveling together.
「ミス・ゴライトリーとミス・ワイルドウッドは今や連れだって旅行中だった。」
ホリーの郵便受けのカードにマグの名前が付け足されたのを「僕」が目にしたシーンですが、「今や連れだって旅行中」のあたりが、言葉選びのセンスがいいなと思いました。

実際ホリーのような人が身近にいたら、友達になれるかは疑問がありますが、こんなにはちゃめちゃなホリーが特に小説では、とても魅力的に描かれています。周りの皆(ほとんど男性のようですが)が彼女に魅了されるのもわかります。    (は)
February 26, 2009 (P36〜45)
ホリーのアパートメントのパーティーに、お互いには知り合いでないらしい男性ばかりが溢れかえっている。空軍の大佐、海軍の士官も混じり皆とっくに徴兵年齢は過ぎた客ばかり。
その中の2人の描写が原文も村上春樹の日本語もすばらしい。
1人はホリーの意のままにパーティーのサービス役をやらされている億万長者のラスティー・トローラー 「子供がそのまま中年の域にたっしてしまったみたいな男だ。・・・まったく何もないところに、かわいいミニチュアの目鼻をくっつけたみたいな顔で、・・・生れ落ちたかたちのまま、ただ膨張したかのようにも見える。・・・」
2人めはパーティーの途中から闖入してくるモデルのマグ・ワイルドウッド。彼女は6フィートを越す長身でどもりだが、その欠点を巧みに強調して魅力に変え、パーティーの男性たちをひきつける。その雰囲気をさっと醒まさせるホリーの小悪魔ぶりも絶妙。

まだ「ティファニーで朝食を」と言う本の題名の意味がよく分かっていないが、ハリウッドでのチャンスを棒に振ったことに対するホリーの話
「・・・私は適当なことを言って自分にちょこっと磨きをかけていただけなんだ。映画スターになんかなれっこないことは、最初からよくわかっていたよ。・・・映画スターはエゴなんてかけらも持ちあわせていないことが、何より大事なことなの。リッチな有名人になりたくないってわけじゃないんだよ。・・・でももしそうなっても、私はなおかつ自分のエゴをしっかり引き連れていたいわけ。いつの日か目覚めて、ティファニーで朝ごはんを食べるときにも、この自分のままでいたいの。」更に続く「自分の見つけたい場所、ダイヤモンドの事、ティファニーへ行くと得体のしれない不安感を遁れられる事」などに、スカーフのようにふわふわとワルツィング、マティルダを舞う天衣無縫な19歳の女性の内にある深淵を垣間見る。

 所で文学作品の故か単語が難しい。夫々状況に応じて使い分けられているんだろうと思うと英語の語彙の豊富さに驚かされる。2,3の例をあげると
 
grumble (怒って小声でぶつぶつと)不平を言う
pump   fat(太った) fleshy(肉付きのよい) の遠回し語
spank  (子供の)しりなどを(罰として)たたく  
harp   (批判をこめて)繰り返す
whine   (子供が)哀れっぽく泣く   等々           (KO)
February 12, 2009 (P30〜36)
新旧和訳の比較で気のついたところをいくつか挙げてみます。

p.31 He had Pekingese eyes.
村上訳は「ペキニーズ犬」、龍口訳は「北京人」と、犬vs人間に分かれてしまいましたが、人間ならば「中国人」「東洋人」になるのが普通だと思われるので、新訳に軍配でしょうか。

p.31 Libertyphone
村上訳は「ポータブル蓄音器」、龍口訳では「自由電話<訳注>アメリカで戦時中使った共同電話」とあります。訳注までついているところを見ると、電話なのかなという気もしますが(映画では、スーツケースの中の電話が鳴っているシーンがありましたが)、村上訳は当然、龍口訳を研究しているはずなので、変えたのは根拠があるからでしょうね。
ネット検索してみると、補聴器付き携帯電話(?)でLibertyphoneというのが出てきて、蓄音器についてはよくわからなかったのですが、まさかこの時代に携帯があったわけはなし。謎です。

p.32 A phony
村上訳は「まやかし」、龍口訳は「くわせ者」。このあたりはいい勝負かも。

p.33/p.34 horseshit on a platter
村上訳は「皿に山盛りの馬糞」、龍口訳は「馬の耳に念仏」。「馬」つながりで日本人におなじみの慣用句を持ってくる工夫をした龍口訳に対して、村上訳では、意図的に原文どおりに訳し、多少の違和感をかえって個性的な表現として効果を上げているような気がします。

p.33 with a great deal of youth ahead of her
村上訳は「前途洋々」、龍口訳は「春秋に富んでいる」。このあたりは実に新旧らしい対比で面白いですが、今の若い人たちには「前途洋々」もけっこう古めかしい表現かもしれませんね。

p.33 vice boys
村上訳は「風紀課の警官に言いつけてやる」、龍口訳は「ヨタ者に話をつけてもらう」。viceの解釈で分かれたようですが、そういえば「マイアミ・ヴァイス」という、特捜課の刑事を描いたドラマもありましたね。

p.35 nigger-lip
村上訳は、「煙草をべちょべちょにしちゃう」と、煙草を吸う時の口つき・マナーの見苦しい様子を言っていますが、龍口訳では「黒ん坊みたいに口が軽くって」となっています。
これはネットの辞書で調べてみると、"When someone smokes a cigar or cigarette and leaves the tip saliva-soaked. "という説明がすぐに出てきて、村上訳の正しいことがわかりますが、龍口訳の出た1960年当時、このようなアメリカの口語表現は、現在に比べると、日本人にとってずっと遠いものであったと思われます。

映画では、ホリーが夜中に"私"の部屋に来た翌日に書いた「ごめんなさい」の手紙と、パーティへの誘いの手紙が一つにまとまっていて、時間が省略されています。"私"にパトロンのような女性がいるのも映画独自の設定で、この女性とのデートの予定がなくなったため、ホリーのパーティに行ってみる気になったような描き方です。
パーティのシーンは、映画でもかなりの時間をさいて描かれており、"私"とO.J.との会話も、原作からけっこう拾ってあるのがわかりましたが、日本人ユニオシ氏の人物像といい、かなり表面的な所で笑いをとっている所も多くて、原作に比べるとやはり底の浅い印象は否めません。原作では、会話だけをもとに読者が想像をふくらませていくので、ホリーのとらえどころの無い謎めいた魅力が際立ち、「どんな女性なのだろう」という興味が、ますます大きくなるように思います。

会話に出てくるセシル・デミル監督、ゲーリー・クーパー主演の映画 "The Story of Dr. Wassell" は、 第二次大戦中に多くの負傷兵の命を救った実在の軍医 Corydon McAlmont Wassell (1884−1958)を主人公にした映画で、ワッセル軍医自身がこの映画のアドバイザーをつとめました(その報酬はすべて、地元アーカンソーリトルロックの病院に寄付されたそうです)。
原作者ジェームズ・ヒルトンは、「チップス先生さようなら」の作者として日本人にもおなじみの英国の作家ですが、後にハリウッドの脚本家として仕事をするようになり、カリフォルニア・ロングビーチで死去しました。1942年には「ミニヴァー夫人」という作品でアカデミー脚色賞を受賞しています。      (∀)
January 22, 2009 (P23〜30)
若くして作家としての地位を確立したカポーティは、この作品で新しいスタイルを確立した。詳しくはあとがきにあるので、省くが、作家としての新境地を開いた作品であると、村上春樹はあとがきで触れている。

徐々に、ホリーの生活と人となりが明らかになって来る。デートした相手から、化粧室に行くたびにチップ用にもらう50ドルやタクシー代、週に一度刑務所に面会に行ってもらう100ドルで生計を立てているのかと思ったが、物語の舞台となっている40年代のアメリカは、大恐慌から抜け出し、ヨーロッパと日米の大戦による軍需景気に湧いて、インフレが加速していた・・・、などと当時の貨幣価値をあれこれ推測するより、ホリーの人となりを楽しみ、その魅力を味わった方が良いのだろう。

ホリーが毎週、刑務所のサリートマトに面会に行って得られる報酬の100ドルは、ホリーにとっては、それほど苦労しなくても得られる金額だが、ロマンチックなので断れないと説明するくだりは、村上氏の現代訳でより一層ホリーの魅力を際立たせているように感じられる。

物語の語り手であるまだ売れていない作家は、ある意味典型的な常識の塊であり、読者の感覚に近いものではないだろうか。
それにしても、マフィアのボス(?!)に面会に行って、天気予報(きっと何かの連絡用の暗号に違いないと思うが)を伝えるという、危ない橋を渡るなんて!!
ホリーのかなり常識とはかけ離れた価値観や、人生観がどこから生まれて来たのか、また、映画とは違った展開になるという結末はどうなるのかを純粋に楽しみたいと思う。  (AKI)
January 8, 2009 (P16〜23)
P20 の後半にShe liked the songs from Oklahoma!、 which were new that summer and everywhere.
小説の主人公が生きた時代背景を知る上でヒントになる所だ。
ミュージカルOklahomaは、1943年にニューヨークのセントジェームズ劇場で初演され、2212回のロングランとなる大ヒット作品となった。リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインUのコンビによる最初の作品。その後二人は「南太平洋」(49年)「王様と私」(51年)「サウンドオブミュージック」(59年)など数々の名作ミュージカルを生み出した。アメリカ中西部オクラホマを舞台に、カウボーイと農家の娘との恋の三角関係を明るく陽気に描いている。
1943年、第2次世界大戦の真っ只中に作られたこの作品はアメリカ西部開拓劇であり戦後のブロードウェイミュージカルの指針を示すものとなった。数々の名曲がこの作品から生まれ、特に西部魂を高らかに歌った「オクラホマ」はオクラホマ州の州歌になっている。(Wikipedia 民主音楽協会談話室ミュージカルベスト10(その2)より)

木曜日のクラスで☆さんが録音して聞かせて下さった"Waltzing Matilda" は 以前オーストラリアに旅行した際に、バナナ農園見学ツアーで皆で歌ったのを懐かしく思い出しました。1895年に出来たこの曲はオーストラリアの第2の国家と言われ、今も大変愛されていると今回調べて初めて知りました。曲名"Waltzing Matilda"はオーストラリアではあちこちを転々として職を探す、羊の毛を刈る労働者の持つ毛布、ひいてはその旅そのものを指すようになったといわれているそうです。イギリスの近衛兵行進曲が元になっているため大変調子がよく、でもなぜか心にしみる曲ですね。(Wikipedia 世界の歌ワルツィングMatilda より)

p22の14行目squint の訳が木曜日に話題になりましたが、龍口訳では「斜視」とあり一方☆さんの読まれる村上訳ではたしか「目をすぼめて」でしたよね。魅力的な主人公ホリーのイメージからすると私は村上訳に軍配を上げたいと思います。(い)
December 25, 2008 (P9〜16)
「私はいつでも自分の住んだことのある場所−つまり、そういう家とか、その家の住所とかに心ひかれるのである。たとえば、東七十丁目にある褐色砂岩でつくった建物であるが、そこに私はこんどの戦争の初めの頃、ニューヨークにおける最初の私の部屋を持った。」(新潮社文庫版:龍口直太郎訳)

「以前暮らしていた場所のことを、何かにつけふと思い出す。どんな家にすんでいたか、近辺にどんなものがあったか、そんなことを。たとえばニューヨークに出てきて最初に僕が住んだのは、イーストサイド七十二丁目あたりにあるおなじみのブラウンストーンの建物だった。」(新潮社:村上春樹訳)

"I am always drawn back to places where I have lived, the houses and their neighborhoods. For instance, there is a brownstone in the East Seventies where, during the early years of the war, I had my first New York apartment."(Random House :Truman Capote)

1958年に出版されたカポーティの中編"Breakfast at Tiffany's"の冒頭部分です。 龍口直太郎訳の単行本が出たのが1960年(文庫本の出版は1968年)、そして今年2008年に村上春樹訳が世に出ました。 

龍口氏とはいかなる人物かwikipediaで調べてみると
「龍口 直太郎(たつのくち なおたろう、1903年9月14日 - 1979年8月1日)は、アメリカ文学者。
東京生れ。東京外国語学校英語科卒業。早稲田大学教授を務め、定年退職後、名誉教授。アメリカ文学を専攻し、スタインベック、コールドウェル、カポーティなどの作品を数多く翻訳、また英国文学でもモームの翻訳が多い。英文解釈や作文などの教科書も数多く執筆した。しかし『ティファニーで朝食を』に多数誤訳があるなど、翻訳者としての評価は必ずしも高くない。」

おやおや、どなたが書いたのか知りませんが厳しい評価ですね。 しかし確かにこの冒頭部分は、あまりに英語の構文に忠実すぎて日本語として違和感を感じました。 その点、村上訳はこなれた日本語ですらすら読めますが、ひとつだけ疑問に思いました。 なぜthe East Seventies が「イーストサイド七十二丁目あたり」と限定されるのでしょうか。(ちなみに、昨年、この辺りをろうろしました。折り紙つきの高級住宅地です。)理由が分かる方、教えて下さい。

第一回目は作家である語り手が、昔馴染みのバーの店主からの電話をきっかけに、以前住んでいたアパートの階下にいた女の子、ホリー・ゴライトリーの回想に入るまでのシーンです。 バーの店主、ジョー・ベルは自らも認める気難しい初老の男性ですが、ホリーに対してはまるで初な少年のようにプラトニックな愛情を抱いています。 彼のところにアフリカで見つけたホリー似の彫刻の写真を持ち込んだユニオシ氏も、きっとホリーに特別な思いを寄せていたのではないでしょうか。 

著者、訳者、(これは当たり前かもしれませんが)作中人物も含め、ホリーを女神のように崇めているのはすべて男性です。 となると彼女は男性目線で書かれたリアリティにかける女性かもしれない、と最初のうちは少々危惧していたのですが杞憂でした。 ホリーは出自も行動も奇抜ではありますが、ちゃんと実のある人物として描かれています。 加えて、主人公だけでなく、ジョー・ベルを含め脇役の人物造形もそれぞれに厚みがありました。 スト−リーの面白さと生き生きとした登場人物、この二つが50年を経てもなお色褪せないこの小説の魅力でしょう。(☆)
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